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人間社会になぜ「正義」が必要なのか

猪木武徳(青山学院大学特任教授)×宇野重規(東京大学教授)

現代日本の問題とサンデルと

宇野 言うまでもなく、現在日本は原発問題や財政赤字に起因する消費増税の問題などさまざまな課題を抱えていて、震災後、それがさらに重くのしかかっています。
 一方で、マイケル・サンデル教授のTV「白熱教室」と著書『これからの『正義』の話をしよう』に始まる、一種の「正義」ブームは、先日のサンデル教授来日でも5000人規模の大講演会が催されたように、まだ続いていると言ってよいでしょう。日本の現状を「正義」という概念で考えてみることは有効なのか、何らかの答えに近づいていけるのかどうか。

猪木 そもそも正義というのは、概念自体が多面的で曖昧なところがあります。日本の場合、「あの人は正義感が強い」というように私人の倫理的な徳目い言う捉え方をされることが多いのですが、英語でいう「ジャスティス」は、法に適っているか、バランスを失してはいないかという、むしろ共同体の中で他者に対していかに行動すべきかという感覚に近い。

宇野 司法や裁判における公平さを意味する「ジャスティス」もあります。裁判所などにも、目隠しをして剣と天秤を持った「正義の女神」像がある。

猪木 むしろ、西洋ではバランスを回復させるための冷徹な共同体原理ではなかったかと思います。ただ、日本人はそうした「公徳」に少し冷淡なところがあるようです。今回のサンデル・ブームも、だからこそ真正面から「正義の話をしましょう」と言われるところに逆に新鮮さを感じたということではないでしょうか。

宇野 実は私は20年近く前、大学院で勉強を始めた頃に、サンデル教授にお目にかかったことがあります。ちょうど来日されていて、昼にサンドイッチを食べながら議論しようという企画が立てられたのです。しかし、行ってみたら、私一人(笑)。まさに隔世の感がありますが、サンデル教授のほうも、ロールズの方法論的批判者として、もっと謹厳実直なイメージでした。

猪木 たしかに彼の主著はロールズ批判の『民主政の不満』であり、『リベラリズムと正義の限界』ですね。この20年に、ずいぶん柔らかくなりましたね(笑)。TVの「白熱教室」を見ると、あのソクラティック・メソッドには、話し方がパッとしない私など若干嫉妬を覚えるほどです。(笑)

〔『中央公論』20128月号より〕