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人事で崩壊した会社、浮上した会社

森功(ノンフィクション作家)

金融庁の逆鱗に触れた野村HDの人事

「再発防止策を着実に実行することが私の責務であり、(辞任する)考えはありません」

 今年六月二十九日、インサイダー取引問題で会見した渡部賢一は、記者団を前にそう言い切った。今春、インサイダー取引疑惑が浮上した野村證券はこの時期、少なくとも三件の不正取引が判明。首脳陣はかつてない窮地に立たされていた。記者会見まで開いてインサイダー取引を認めたが、自らの野村ホールディングス(HD)最高経営責任者(CEO)からの退任は頑なに拒んだ。野村HDはグループCEOだった渡部はじめ最高執行責任者(COO)の柴田拓美らの処分を発表する。渡部が六ヵ月、柴田が五ヵ月間、役員報酬五〇%カットとし、問題部署の担当役員を交代させるだけで済ませようとした。

 だが、その舌の根も乾かぬ七月二十六日、渡部、柴田のツートップがそろって引責辞任に追い込まれたのは周知の通りだ。わずか一ヵ月足らずで、CEOとCOOの人事が一転するというまさしく前代未聞の出来事だった。

 そんな激震の走った野村HD。実は六月の記者発表で、証券界の注目した二つの役員人事がある。一つはコンプライアンス担当役員の交代だ。

 それまで専務執行役でコンプライアンスを統括してきた田中浩に代わり、常務執行役の永松昌一が新たに担当役員に就任した。コンプライアンス問題はインサイダー取引を見逃してきた野村にとって最大の懸案事項といえるのだが、そこで新たに担当に就いた永松は、旧大蔵省担当、いわゆるMOF担として鳴らした人物だ。なぜ元MOF担を敢えてコンプライアンス担当にしたのか。その裏には、CEO渡部の狙いがあったという。

「インサイダー問題を追及してきた金融庁に対し、金融当局とのネゴシエーションが得意なMOF担なら機嫌を損ねることなくやっていける。暗に金融庁に、『これまではインサイダー取引を否定してきたけど、今後は言うことを聞くから勘弁して』とサインを送ったのでしょう」(金融庁関係者)

 あまりに不遜な態度といえる。そして案の定、これが当局の癇にさわった。インサイダー問題が発覚した当初、頑なに事実を否定し続けてきた野村證券に対し、金融庁はただでさえ快く思っていない。証券界では、その怒りの火に油を注いだ人事だった、と見る向きも少なくない。

 そして、このときの人事のもう一つの問題が、渡部に次ぐ社内ナンバー2である野村HDのCOO、柴田の温存だ。渡部はさておき、せめて柴田の引責辞任くらいは認めるだろうとの声もあがっていたが、それが見送られた。そこにも理由があるという。

「ワンマンで知られる渡部さんが、最も恐れたのが海外事業の赤字問題でしょう。なかでも二〇〇八年の米リーマンショックのあと、渡部・柴田のコンビで、欧州に足場を築こうと、欧州リーマンを買収して赤字を垂れ流し続けている件です。海外部門の赤字を国内営業で穴埋めするという事態が今も続いています」

 そう解説するのは、ある野村OBだ。おまけに赤字垂れ流しを食い止める手立てが見当たらない。近い将来、トップの経営責任に発展するのは必至と見られていた。

〔『中央公論』201211月号より〕