年金が貰えるまで働き続けるのが幸せなのか

大竹文雄(大阪大学教授)×齊藤誠(一橋大学教授)× 高木朋代(敬愛大学准教授)

定年は延びたほうが幸せか

大竹 この四月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業は希望者全員を段階的に六十五歳まで雇うことが義務になりました。これは企業にとって、あるいは雇用される側にとって、望ましいことだったのでしょうか。
 高木さんは、企業側、雇用される側双方の聞き取り調査をされていますが、この法改正についてどう考えておられますか。

高木 私は拙速だったのではないかと考えています。というのも、前回の改正法施行から七年経っているにもかかわらず、定年廃止や一律定年引き上げをした企業は非常に少ないままです。これはとりもなおさず、企業側の厳しい状況を反映しています。たとえば平成二十四年の厚生労働省の調査によると、301人以上企業で定年制を廃止した企業は全体の0.4パーセント、一律に定年を引き上げた企業も6.2パーセントにすぎません。

大竹 方向性はいいけれども、早すぎたということですね。

高木 そうです。私は将来的には六十五歳、あるいはそれ以上でも働ける人は働くという社会になっていくべきだと思うのですが、経済的に改善されていない状況下では、ただ単に企業の経営を圧迫することになってしまいます。
 今回の法改正によって、本当に六十歳以上の就業者が増えることを前提とすると、企業は当然、総人件費が膨らみますから、賃金を下げる、あるいは成果主義を導入する。新卒採用の抑制にも乗り出していくでしょう。
 でも、本当に六十歳以上の就業者数は増えるでしょうか。再雇用の場合、六十歳で「私はこれからも雇われたい」と手を挙げる人がいる一方で、手を挙げない人たちも一定量出てくるだろうと思います。たしかに、いずれの調査によっても、九割以上の人が六十歳以降も働きたいという意欲を持っています。しかし、その九割の人が本当に手を挙げるかといえば、そういうことにはならない。自ら就業行動を抑制してしまう高年齢従業員がいるわけです。再雇用の場合、条件が変わる可能性がありますから、企業に非常に厳しい条件を提示された場合、それを呑んでまで働き続けたいと考えるかどうか。

大竹 職種も賃金条件も就業条件も、すべて企業側に自由があることから来る問題ですね。

高木 経済的に困っているのであれば、どんな条件でも働こうとするかもしれませんが、ある程度の家計資産、特に金融資産があれば、そこまでして働こうとは思わないかもしれない。

齊藤 僕がおかしいと思うのは、雇用延長が年金支給年齢の引き上げと一緒に語られることです。今の年金財政を見れば、六十五歳からの支給が将来的に七十歳になっていくことも十分考えられるのですが、それと雇用システムを変えることとは別問題です。これが常態になってしまうと、今後も年金支給年齢の引き上げのたびに定年延長や再雇用という話になる。

大竹 そうですね。日本社会は長い間、五十五歳で定年になった後、第二の職場へ行って、六十歳、あるいは六十五歳ぐらいまで働いて、それから年金を貰うというのが普通だったはずです。ところが、九八年の高年齢者雇用安定法で五十九歳以下の定年を認めないと定められた時、年金支給年齢とたまたま一致した。すると、今度は定年になったら年金が貰えるという新しい常識ができてしまった。でも、七十歳定年制や七十五歳定年制が現実的かと言えば、それはどう考えても無理な話です。

〔『中央公論』2013年10月号より〕

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