中野長武 「職業日記シリーズ」快進撃の内幕――なぜ高齢読者の心をつかめるのか
ピカピカと輝く職業なんてない
──今では、このシリーズのコーナーが多くの書店にできていますね。当初は60~70代の高齢者の仕事が中心でしたが、最近では50代のブラックな労働ぶりを著したものも登場しています。
『交通誘導員』がヒットしたからといって、その続編を作るのではなく、異なるいろいろな職業の本を出して、シリーズ化しました。
そうすると楽なんですよ。書店はどういう本なのかわかっているので、新作も棚に置いてもらいやすくなります。すると初版部数を増やせますし、広告の打ち方もわかってきます。
「職業日記シリーズ」の場合、新聞広告の効果は、本が売れるだけじゃないんです。それを見て、「私はこういう職業をずっとやっているんだけど、本になりませんか」とメールや電話で企画を持ち込んでくる人が現れるので、次につながります。
──広告に載る推薦コメントも、直木賞作家の志茂田景樹(しもだかげき)さんや詩人の和合(わごう)亮一さん、翻訳家でエッセイストの村井理子(りこ)さんなど多士済々です。
村井さんが『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(このシリーズのスピンオフ)をツイッターで取り上げてくれたとき、すぐに連絡をしてコメントをいただき、広告で使わせてもらいました。
作家の橘玲(たちばなあきら)さんには『住宅営業マンぺこぺこ日記』のコメントをもらっています。出版前にゲラを読んでいただけないか、つまらなければ推薦文も何もいりませんとメールを送りました。そうしたら「これ、面白いじゃないですか」と返信が来まして。
お二人とも面識はないんです。それでも連絡できるのは、私に本の出来への自信があるからです。
こういう時、「こんなことを頼んだら失礼かな」などと尻込みしてしまうものですよね。自信がなければなおさらです。
だから原動力は「これ、面白いでしょ」。自分が作る本は、誰に対してもそう言えるクオリティーにしたいなと思っています。
生意気なことを言うようですが、面白いものを作って、その時にできる限りの販促をやれば、ちゃんと本は売れるんですよ。
──このシリーズを読んでいると、平凡な会社員の私も、自分を著者とその職業に重ねて感情移入してしまいます。
ノンフィクションに潜入ルポというジャンルがありますね。たとえば鎌田慧(さとし)さんの『自動車絶望工場』はライターの著者が一定期間、工場で働いて書いたものです。それとは異なり、「職業日記シリーズ」では、労働と人生が地続きで果てなく続く、あるいはいつまで続けられるかわからないものとして書かれています。
読者は、自分と同じような一般人の人生の一部が本になっていることによる生々しさ、逃げられなさに共感を持ってくれているんだと思っています。
──「謝るのが仕事」「いらだちに直面する仕事」など、働く者の実像みたいなものがこのシリーズにはあります。
どんな職業も本当はピカピカしているものではなく、どこかくすんだ色をしているものじゃないですか。それでもそこには、面白さや希望、醍醐味だってある。それらも書いてもらっています。
『メーター検針員テゲテゲ日記』の著者が、仕事の前の緊張感、終わった時の解放感が生きていることの実感を生むと書いていましたけれども、本当にそうだなと思いました。
どんな仕事でも、生きていくうえでのアクセントになっているんですよね。そのことを「職業日記シリーズ」の中で表すことができたらと思っています。