玉巻弘光 たばこ規制について考える
(『中央公論』2022年11月号より)
- 健康問題と自己決定権
- 「望まない受動喫煙」を防止する
- 大阪市全域の路上喫煙禁止
健康問題と自己決定権
私は法律家として、「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」の制定や見直しなどに関わってきました。たばこ規制の問題を考えるときには、「自己決定権」という視点は外せないと考えます。
たばこ規制はその目的によって、大きく環境問題と健康問題に分かれます。環境問題とは、たばこの吸い殻などのゴミ対策です。そして、健康問題はさらに二つに分かれており、一つは、吸う人も含めた「すべての人間」の健康という捉え方で、もう一つは、「他人の喫煙の影響を受ける人」の健康と安全という捉え方です。この二つの考え方は、喫煙を規制するという点では同じですが、規制の目的・手法が全く違います。
まず最初に、前者の「吸う人も含めたすべての人間の健康問題」について考えてみたいと思います。
私はたばこを吸いませんし、喫煙を推奨するつもりは全くありませんが、たばこを吸うかどうかは、個人の自由だと考えています。
ほとんどの憲法の教科書には、「私事に関する自己決定権」という言葉が載っています。自由で独立した人格を認められる個人は、自分の責任において、自分のことを決定できる権利がある。たばこを吸うかどうか、お酒を飲むかどうか......こういったことは全部、個人が、自分の責任において決定できる権利がある。
ところが、健康によくないからたばこは吸ってはいけない、お酒は飲まないほうがいい、砂糖の摂取量も減らすべきだ、という規制が、WHO(世界保健機関)などによって始まり、世界、特にアメリカ社会などで力を持ってきています。たばこについては効果が上がったので、現在WHOが力を入れているのがお酒と砂糖です。WHOが2010年に採択した酒類の販売・広告を制限する指針では、日本で行われている「飲み放題」がよくないものとして言及されています。2012年にはニューヨークのブルームバーグ市長(当時)が条例でコーラなど砂糖入り飲料のラージサイズの販売禁止を試みたこともありました(結局施行されず)。
たばこもお酒も砂糖も規制の論法は全部同じです。それに対し、自分の健康は自分の問題なのだから、何をしようが勝手ではないか。なんでとやかく言われなくてはいけないのか、という考えが出てくるのは当然です。現代社会では、国家による国民の健康問題への干渉と、個人の自己決定権尊重要求とのせめぎ合いが起きているのです。