東畑開人×大木亜希子 ゆるいつながりという処方箋

東畑開人(臨床心理士)×大木亜希子(小説家)

他人への強い期待は危険

東畑 大木さんの小説『シナプス』は総じて、孤独な人を描いています。例えば、公にできず社会化されない不倫の話ですね。友人ができることでその孤独が和らぎ、違う人生が選択されていくことを大木さんはずっと描いていると思いました。

 

大木 東畑先生は著書の中で、人と深くかかわる「ナイショのつながり」は傷を癒やせるけれど、依存や傷つけ合いに発展する危険性があるから、まずは経験などを共有することで生まれる互いを傷つけない関係、「シェアのつながり」を推奨している、と書かれています。コロナで孤独に陥り、よくないナイショのつながりに走ってしまう人も多かったのではないでしょうか。

 

東畑 孤独なときって、人は自己破壊的になりがちで、人から「やめておきなよ」と言われるようなことをついやってしまいますからね。

 

大木 私には、孤独を搾取するような人からは離れてほしいと伝えたくて、小説を書いているところがあるんです。私自身にはもちろん不倫経験はありませんが、20代の頃は身勝手で不誠実な男性に恋愛感情を抱き、弄(もてあそ)ばれて傷ついた経験があります。

東畑 ああ、そうなんですか。

 

大木 だからこそ、小説家になった今、自分が書く小説では傷ついた女の子たちが孤独にはまらないよう、はまっても立ち直れるようにという思いをどこかに込めています。

 先生は心理士として日々、孤独な方たちと向き合っていますが、ダメージを受けたりはしませんか?

 

東畑 そうですね、そういうこともあります。孤独って他者に伝えようとするときに、ダメージとしてしか伝えられないときがあります。恋人同士が「なぜわかってくれないの」とぶつかり合うのもそうですね。クライエントがカウンセラーにぶつかることにはそういう意味がある。でも、人はどうでもいい相手に対して怒ったりはしません。攻撃の背景には希望がある。「この人はわかってくれるかもしれない」と思うからこそ怒る。

 

大木 怒りは相手との関係を研磨するための大切なプロセスなのですね。確かに、怒りをぶつけられる相手は決まっています。私の場合、仕事相手がミスをすると、自分に不利益が生じるので、ひどく怒ってしまいそうになることもあるのですが......。

 

東畑 そういうときは相手に直接怒りをぶつけず、いったん同業者仲間に愚痴を言ってみるといいですよ。同業者は「それはムカつくね。でもさ」とワンクッション置いてくれるはずです。

 

大木 自分の悩みが霞むほどの過酷な事例をシェアしてくれる人もいますね。「それはひどいね、私なんかもっとひどいことがあってさ」と。

 

東畑 そういう同業者仲間とのつながりが「シェアのつながり」であり、重要だと思うんですね。だから僕もスーパービジョンを受けたり、研修のグループに所属したり、日常的に同業者とのかかわりを持つようにしています。

 人は孤独なときに病みます。そのとき最初に持つべきは、やはり同僚や同じことを一緒にやっている人などとの、シェアするつながりです。これはもしかしたら微弱で大きな救いにはならないかもしれないけれど、だからこそスタート地点に適している。他人に対する強い期待は危険を伴うのです。強力に自分を救ってくれそうな人に対しては、人はおかしなことをしてしまいやすい。もう少し微弱なつながりから始めるのが健康にいい。(笑)

 

大木 すごくわかります。「SDN48ってメンバー同士、仲悪いんでしょう?」と何億回聞かれたかわかりませんが、私たち、すごく仲がいいんですよ。当日まで着る衣装がわからなかったり、振り付けが変わったりするような過酷な修羅場を共にくぐり抜けた者同士、仲が悪くなるはずがない。結局、そういう人たちと日々やりとりする中で心は回復・再生していくんですよね。

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