岩村暢子 アンケート調査では真実は見抜けない。私が「嘘をつかせない」調査法に徹底してこだわるわけ(前編)

岩村暢子
長年にわたって家庭の食卓の定点観測を行い、その分析を通して日本の家族と社会に生じつつある変容を描き続けてきた岩村暢子さん。最新刊『ぼっちな食卓』では、食卓調査を行った家庭の10年後、20年後を追跡し、食事や育児の方針、家族間の人間関係が、その後の各家庭のあり方にどのような影響を与えたか、詳細な検証を行った。食卓調査とはどのようなものなのか、その難しさや意義について、話を伺った

――岩村さんはこれまで単行本を7冊、文庫を4冊出されていて、そのもととなっているのが、かつていらっしゃった広告代理店で1998年にスタートさせた「食DRIVE調査」という大規模かつ綿密な食卓調査です。この調査を行うきっかけは何だったのですか。

 

当時の広告代理店は労働時間が深夜に及ぶことが多かったので、子どもをもって働く女性マーケターが珍しかったんです。それで育児用品や食品・洗剤、家事家電、化粧品など、さまざまな家庭用・女性用消費財のマーケティングの仕事が私に集中してくるんですね。その際に現代家庭のリアルな実態がわかっていないと、対象カテゴリーに関するデータだけでは、企画提案に自信が持てなかった。それで、リアルな「現代家庭」の実態を掴むための、納得できるベースデータが欲しくて自主開発したんです。

だから、「食DRIVE」調査は「食品」や「食卓」自体を調べる調査ではなくて、「食卓」を定点観測の場として、現代の家庭・家族の実態を把握するために始めた調査なんです。

 

――データだけでは「自信が持てない」とは?

 

だって、当時(1980年代)子どもを連れてママ友の家に遊びに行くと、「ふつう家族って、家庭って、こうだよね」なんていう従来の通念・常識をひっくり返すような現実が、そこここにありましたから。「頭の良い子に育てるため」に他の家族と別のものを食べさせていたり、「泣かれるのはいやだから」とガマンさせたり子どもの言うとおりにしていたり、リアルな姿はたくさん見ました。私自身が、驚いたり新鮮だったりして、世の中で言われている「家庭像」はもう古いんだなあ、って思いました。

でも、そんなふうに台頭しつつある現象は「アンケート調査」では掴めないな、と思ったんです。

実は、私の調査経験は長くて、大学時代・大学院時代の研究室の調査、それから学生時代に指導教授の勧めで通っていた「子ども調査研究所」(渋谷)の子どもや母親を対象にした調査、それから就職後に調査会社や総研で携わった調査といろいろあります。その経験を通して、アンケート調査のような定量調査で今進行しつつあることやリアルな実態を掴むのは難しいものだと思っていました。

例えば、ある化粧品会社の調査でこんなことがありました。女性に使用化粧品と化粧意識をアンケートで尋ねたら、想定したより高級なものを使っている人が多かったんです。違和感があって訪問調査に切り替えたら、アンケートで「高級ブランドAの洗顔クリームを使用している」と書いた人が、実際には「ドラッグストアの廉価品Bを使用している」など、異なる事実がボロボロ出てきた。理由はさまざまですが、実所有や実使用と「アンケート回答」はかなり違うことに驚かされました。

システムキッチンの調査でも、「日常使用している」とアンケートで答えた魚焼きグリルが実はほとんど使われていなかったり、所有調味料も実際には「以前買ったことがある」という話だったり、訪問調査で得た結果とアンケート回答はずいぶん違うと感じたのも忘れられません。

アンケート結果は数字で示されるから一見とても客観的に見えるし、その数字が一人歩きしてしまうけれど、それは必ずしも「実態」を正しく表しているとは限らないのです。

 

――リアルな実態を掴むためにはどうすればいいか、調査方法そのものを考え抜かれたそうですね。

 

大学・大学院時代に師事していた心理学の乾孝先生からは、調査というものはその対象や目的に合わせて最も適切な方法を(既存手法の中から「選択」するではなく)自ら工夫し「開発」をするものだと指導されました。

子どもを対象とする観劇調査では、感想を事後に尋ねるのではなく、ペロペロキャンディーを配って舐めさせながら観せ、一人ひとりの子の「舐める動き」が大きく変わったシーンを観察者が記録して、そのシーンについて終わってから聞く。「あの赤鬼が出てきた時(=舐めるのが止まっていた時)、どう思った?」と。今なら「キャンデーは虫歯になる」と親から叱られそうですけど、子どもはテレビに夢中になると箸も止まっちゃう、そんな特徴をよく見抜いた「手法」だったんです。幼児に、終わってから感想を尋ねたって大人みたいに語れるわけないですものね。

子ども調査研究所では、新製品玩具の受容性調査や子どもの遊び方調査でも、一人ずつに言葉で尋ねるような形ではなかったですね。時には研究員のお兄さんが勝手に一人で遊び始めて、助手の私は子どもたちがそれを見てどこに興味を示したか記録したり、お兄さんの遊び方を見た子ども同士がどんな遊びを始めたかを観察したりしていました。お兄さんが「もう終わりぃー!」って玩具を取り上げたときに、一番抵抗されたおもちゃや遊び方も大事なデータでした。母親への調査でも「言葉」で語られることより「行動」や「事実」をとても重視していたのが印象に残っています。

こんなふうに、かつて(1970年代まで)は、調査って今よりスマートでも機械的でもなくて、泥臭いけど対象の本質や目的に根差して手をかける、丁寧なものだった気がします。

そんな経験を通じて、調査対象者が語る「言葉」を超えた、真実に迫る「調査方法」の工夫を叩き込まれたのだと思います。

だから「食DRIVE」調査も自主開発しましたが、目的や対象者によって手法を工夫・開発するのは当たり前だと思っていました。「調査」に関わるようになって50年も経っているわけで、これまでに自分で開発した調査方法は他にもあって、学会で報告したり仕事でも使ったりしてきました。

 

――「食DRIVE」調査では具体的にはどのような点を意識して調査方法を開発されたのですか

 

「食DRIVE」調査は、同じ対象者に「アンケート」、1週間分の食卓の「写真と日記の記録」、デプスインタビュー(心理的な手法を使う深層面接)に近い「詳細面接」の3ステップで行う超定性調査です。1ステップ目にアンケートを行うのは、そこで一通り聞いておくべきことがあるからというだけではありません。

よく「食DRIVE」調査の写真データを見て、「これは特別な対象者ばかり集めた調査だ」という人がいますが、アンケートの回答においては他の調査対象者と変わらないということを確認するために行いました。そして、2ステップ目で写真や日記に記録された実態と比べてみるためです。

「写真」は、加工・修正を避けるため、デジカメ禁止。フィルム付きインスタントカメラ「写ルンです」使用に限定し、「未現像」でなければ受け取りません。そこには、編集や加工を避けるためだけではない、大事な理由があります。撮影した食卓に意識も記憶もあまり残さないようにするためです。そうすると、3ステップ目のインタビュー時に初めて自身の写した食卓写真を見て「これ、ウチの食卓ですか?」といぶかしがったり、「ひどいですねー、私、こんなことやってるんですか」と驚く人もいます。

つまり、人は自分が日常していることに対して、そんなに「意識的」ではない、ということでしょうね。だから、意識を言葉で尋ねるアンケート調査と、2ステップ目の実際に行ったこととの間にはギャップがあるのだと私は思っています。アンケートで聞かれたら、人は「実際にしていること」ではなく、つい「しているつもりのこと」「すべきだと思っていること」を答えてしまうようです。家庭も社会も、人が「実際にしていること」で動いているんですけどね。

xjJGf3T01iP85qZ1702523837_1702523848.jpgこれまでに収集・分析した食卓写真は2万枚近くにのぼる

3ステップ目のインタビューも、対象者別にすべてインタビューフロー(台本)が異なります。各対象者ごとに、1ステップ目と2ステップ目の結果を突き合わせてよく分析し、聞くことや聞き方(使う言葉や語調・間合い等も含む)、質問の順番も丁寧に検討して、インタビュアへの指示書を作って打合せをします。1人分のフロー作成に丸1日以上かかりますから、20人分だと約ひと月です。

人は「聞き方」によって答えを大きく変えてしまうものだから、誘導はいけません。また、故意であれうっかりであれ「嘘をつかせてしまわないために」大変な工夫を要します。「メニューの決定理由を聞く」とか「好物とその理由を聞く」など、質問項目だけ記したインタビューフローで、聞き方は現場のインタビュアに委ねる調査を、私は本当の「定性調査」とは考えていません。

そして、約1時間半のインタビュー録音は、一言一句、言い淀みや絶句、言い直しやため息、笑い方まで、すべての音声を起こしてもらいます。調査会社がよく行う「趣旨をまとめながら録音を起こす」要約筆記は一切認めません。それどころか、近年は裁判などの発言起こしをする専門家にお願いしてきました。

なぜなら、人間は自分の脳が理解したことを理解したようにしか書き起こせないので、元の発言内容が起こしをする人の「理解」に合わせて歪んでしまうからです。長く調査の現場にいたので、同じ人の発言も起こしをする人によって肯定発言が否定発言になるような反転さえたくさん見てきました。同じ発言を聞いても、人によって書き起こす中身が変わる、人間の脳は興味深いものですね。

 

――最初の著書『変わる家族 変わる食卓』では取材対象者の事前アンケートの答えとインタビューの回答の大きなずれが印象的でした。これは予想通りでしたか。

 

プリ調査(事前の試験調査)の時には、私もびっくりしましたよ。「対象者の選択を誤ったか?」と思うほど、私が従来アンケートで得ていたイメージとかけ離れていましたからね。誤解を恐れずに言えば「普通の家庭の食卓が、こんなに酷いはずはない」と思いました。

でも、アンケートの回答においては従来の対象者と違和感がないし、毎回フレッシュサンプルでやってきましたが、何度やっても写真や日記が同様だったので「そうか、アンケートと実態はこのくらい違うんだ」と納得するようになりました。

日記には、食材の入手経路、メニューの決め方、作った人食べた人、食べた時間なども書いてもらいますし、買い物レシートも出してもらいますので、「購入品」や「頂きもの」と「手作り品」の判別もつきますし、その人の「手作り」の仕方もわかります。家族が家にいても一緒に食べなかったり、一緒に食べていてもメニューが違ったり、という姿も写真でよく分かります。

似たような写真調査はその後増えてきましたが、調査・解析の大変さから3日間ぐらいでやめるものがあるのは気になりますね。最初の3日間は、アンケートで主婦が「得意料理・自慢料理」と答えたものがよく出てくることがわかっているからです。もし、3日目まででやめてしまったら、その家の「精一杯頑張った食卓」を見ることになって、日常の姿ではありません。

 

――インタビューにも本音を引き出すコツがあるのでしょうか。

 

そうですね、聞き方の工夫としては、こんな例もあります。

インタビューでは家族のそれぞれが食卓のどこに座るか必ず聞くことにしているんですが、テーブルの図を示して、「誰がどこ?」と言って黙ります。するとたいていの場合、主婦は「えーっと...」と考えて、すぐには答えが出てこない。その図には机の向きや部屋の中の配置が特定されていないから、さてどう説明しようかと考えこむのです。あるいは、席が決まっていない家もありますから「家族揃った夕飯のとき? それとも平日の朝食のとき?」と悩んでいる場合もある。

図2.jpg調査の3ステップ目のインタビューでは席順についても詳細な聞き取りを行う

それなのに、多くのインタビュアは待てずに重ねて尋ねます。「奥様はどこですか?」「お子様は? ご主人は?」...しまいには「で、テーブルの向きは...、お宅はテレビがどちら側にあるのかしら?」など先回りして確認したりする。どれも定性調査のインタビュアとしては困りものです。

定性調査では、質問と聞き取りたい中身は必ずしも一致していません。この場合、私は家族の座る席自体を知りたいのではなく、その主婦が家族の誰のことから語り始めるか、誰を中心に語るかを聞き取ろうとしているんです。あるいは、「テレビがこっちにあるから、子どもたちはよく見えるこの席」とか「エアコンが届きにくいこちら側の席は、いつもパパ」など、その家では何が基準となって食卓の席が決まっているのか、誰が優先順位が高いか、などにも耳を傾けている。そこに、家族の「関係」も見えてきますから、次に聞くことも変わっていきます。誰がどこに座るかを知りたいから席の位置を聞く、という単純なものではないのが定性調査のインタビューです。

 

ぼっちな食卓――限界家族と「個」の風景

岩村暢子

親も子も自分の好きな食べ物だけを用意する。朝昼晩の三食でなく、好きな時間に食べる。食卓に集まらず、好きな場所で食事をとる。「個人の自由」を最も大切な価値として突き詰めたとき、家族はどうなっていくのか――。少子化、児童虐待、ひきこもりなどの問題にも深くかかわる「個」が極大化した社会の現実を、20年に及ぶ綿密な食卓調査が映し出す。

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岩村暢子
1953年(昭和28)年北海道生まれ。調査会社、総研、大手広告会社を経て、現在は大正大学客員教授、女子栄養大学客員教授等をつとめる。食と現代家族の調査・研究を続け、著書に『変わる家族 変わる食卓』『「親の顔が見てみたい!」調査』『普通の家族がいちばん怖い』『日本人には二種類いる』『残念和食にもワケがある』など。『家族の勝手でしょ!』で第2回辻静雄食文化賞受賞
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