「納得できない無罪判決」に抗議する前に 国民が知っておくべき刑事訴訟の二つの機能
大屋雄裕(慶應義塾大学教授)
被害者救済と刑事訴訟
別の裁判において暴行行為があったことが認定されており、今回の被告人のうち少なくとも1名は被害者に対する性的行為に関与していたことが認められている以上、無罪判決などが出れば被害者の救済はどうなるのかという義憤は、もちろんあるのだろう。だがまず我々が確認すべきなのは、刑事裁判は被害者の救済に(罪あるものが罰を受けたという認識を人々が持つことによる精神的な満足を除けば)無関係だということである。
刑事裁判を起こすのは国の代理人たる検察官であり、受けるのは被疑者である。刑事裁判の目的がどこにあるかという問題については大きく二つの立場があるのだが、一方は犯罪によって傷付けられた社会秩序の再建であると考え、もう一方は犯罪という形で社会に対する不適応を露呈させた被疑者を監獄での矯正を通じて更生させること(再社会化)だと考える。前者によればそれは国家秩序に関する問題であり、後者によれば国家による犯罪者の再教育という問題である。ポイントは、どちらの立場においても主体となるのは国家であり、被害者の問題は扱われないということなのだ。
被害者が自身の受けた苦痛に対する償いを求めるのであれば、それは典型的には損害賠償請求という形で被害者が加害者を訴える民事訴訟によらなければならない。そして刑事訴訟は(2000年以降、被害者が進行中の刑事訴訟記録を民事訴訟で活用するための制度が新設されてはいるものの)それに対しては何の関係もないのである。被害者の心情を根拠として刑事訴訟について発言することは、したがって、根本的に筋違いであるとしか言いようがない。