金属バット両親殺害事件と藤原新也
「犯罪論」の移行期といえる1980年代に活躍した書き手としてもう一人、藤原新也にも触れておきたい。
世界各国を放浪し、写真とエッセイを組み合わせた作品を発表してきた彼は、いわゆる学生運動が停滞していった時期に出現し、若者にとっての新たなカリスマとなった。その後流行するバックパッカー的な文化の先駆ともいえるだろう。60年代の活動家のような政治的志向は特に示さないが、だからといってシニカルな態度を取るわけではなく、むしろ古風ともいえるスタンスや文体を維持している。
83年刊行の『東京漂流』(情報センター出版局)には、当時の日本で起きたいくつかの犯罪が登場する。その一つが金属バット両親殺害事件だ。家庭という閉じられた空間で突如として当時20歳の息子が暴発したこの事件は、新しいタイプの殺人として盛んに語られたが、藤原による言及は極めて抽象的であり、なおかつ写真と合わせたことで、ビジュアルが重要なキーになっている。
藤原は金属バット両親殺害事件が起こった現場の「家」を、青空を背景にあたかも「不動産物件の写真」のように撮る。事件のイメージを逸脱することによって見る側の視点を揺らすのだ。それは80年代における消費文化への態度表明でありつつ、犯罪が「生」の表れであるような側面が希薄になる時代の到来を見通していたともいえるだろう。
(続きは『中央公論』2022年12月号で)
パンス(ライター・DJ)
◆パンス〔ぱんす〕
1984年茨城県生まれ。法政大学文学部卒業。テキストユニット「TVOD」のメンバー。2022年に菅原慎一氏との共同監修による『アジア都市音楽ディスクガイド』を刊行。ほかに個人で『年表・サブカルチャーと社会の50年』を制作。
1984年茨城県生まれ。法政大学文学部卒業。テキストユニット「TVOD」のメンバー。2022年に菅原慎一氏との共同監修による『アジア都市音楽ディスクガイド』を刊行。ほかに個人で『年表・サブカルチャーと社会の50年』を制作。