対人関係の網の目を作り直す
インターネット・ゲートキーパー活動における支援の流れを具体的に紹介しよう。まず、確実で苦しみの少ない自殺方法を知りたいと思い、ウェブ検索を行う者に対して広告が提示される。検索者は「死にたい」思いを抱え、自殺方法を探しながら、一方で誰かに話をしたいという両価的な心理状態にある。自殺を考える者は、自殺をすることを固く心に決めて誰にも相談しないという場合ばかりではないのである。
「話をしてみませんか」と書かれた広告をスマホでタップすると、特設サイトが表示される。そこには、無料で相談可能なこと、話をする相手は対人支援の専門職であることなどが説明されている。さらに、「相談をする」ボタンをタップすると、メーラーが起動する。どんなサービスかもよく分からない利用者は、半信半疑で、件名に「死にたい」とだけ打ち込み、空のメールを送信する。一方で、最初のメールに数千字もの内容を書き、送ってくる者もいる。返信を期待するより、思いを吐き出すために利用しているという場合もあるのだろう。
相談者のもとには、状況の辛さに対する共感を示す文面とともに、状況や自殺のリスクを評価するためのオンラインアンケートへのリンクが送られてきて、回答することが促される。そこでは、現在の自殺念慮の強さや過去の自殺企図歴、通院や飲酒の状況などを回答する。回答が済むと、相談員からのメールが届き、現在の問題を把握するためのやりとりが開始される。
相談は一時的なものではなく、継続的に実施される。相談員は、問題状況が引き起こす辛さに対して共感するのは当然のこととして、問題を解決するための方法を具体的に考え、実際に利用できる援助資源へと導いていく。例えば、精神障害が疑われる状況であるにもかかわらず受診していないのであれば、近隣の精神科クリニックを一緒に探して受診を促す、といった具合である(相談の詳細や具体的な事例については、末木〔2019〕を参照のこと)。このような作業を繰り返して、支援側は相談者の周囲に対人関係の網の目を作り直していく。人を自殺に追い込む最も大きな問題は、孤独と孤立だからである。
もちろん、ネットの普及以前にも、「死にたい」思いを匿名の他者に相談するシステムは社会の中に存在した。「いのちの電話」に代表されるボランティアによる匿名の電話相談などがそれに該当する。しかしながら、寄せられる相談の大半は自殺そのものとは関係の薄いものである。いのちの電話の受信状況データによれば、2021年に寄せられた約53万件の相談のうち、自殺傾向があると分類されたものは全体の12・2%しかない(日本いのちの電話連盟、online)。
一方、先述のインターネット・ゲートキーパー活動では、8割ほどの相談者は自殺念慮を有しており、また、相談者の4割ほどには自殺企図歴があることが示唆されている(末木、2019)。つまり、ネット上で可視化された「死にたい」に関するデータを積極的に活用することによって、より合目的的に自殺予防のための活動を実施することが可能になったのである。