吉田類 全国の"昭和酒場"へ応援に行きたい

吉田 類(イラストレーター、エッセイスト、俳人)

バラを育てる時間を得て

 三月以降、ずっと東京・八王子のアトリエで過ごしています。

 今日は朝五時に起きました。鳥がピーピー鳴くのが聞こえて。ゴミ捨てに行って、掃除をして、庭に水をまいて、花の面倒を見る。バラを育てているんです。この僕が花を愛でるようになるとはね(笑)。以前は、歳をとって体がキツくなったら花でも育てようと思っていたんです。コロナで越境できないということは山にも行けない。それだったら、自分で緑を育てよう、と、バラの苗を買ってきました。目の前に緑があるっていうのはすごく救われますね。

 毎朝、掃除の後は丁寧にお茶を淹れます。それから軽いトレーニングで体を整えて、時間に余裕があれば裏山に登っています。こんなに家で過ごすことになるとは思いませんでした。これまで旅から旅で、花に目を向ける時間なんてなかったですよ。コロナのせいで時間を手に入れた、というところはありますね。「酒とバラの日々」です。(笑)

 緊急事態宣言中は、酒場に行けなかったので、家飲みばかり。お酒やつまみも取り寄せてね。今回の自粛で、初めて「お取り寄せ」をするようになりました。今までは、極端に言えば、全部外食でしたから。

 お取り寄せをしてみたら新発見だらけ。日本ってこんなに食文化が豊かなんだと改めて感じました。それでちょっと太っちゃったんですけど。(笑)

 たとえば、高知のウルメイワシのオイルサーディン。一本釣りのイワシが一匹丸々そのまま入っている。普通のオイルサーディンは小さいでしょう。あれとはサイズが全然違ってデカい。これがめちゃくちゃ美味しいんです。僕は高知出身ですが、僕の知らないものがまだあったんですね。

新鮮なオンラインでの再会

 テレビの「酒場放浪記」もコロナになってからは家飲み編に。僕が自宅でお取り寄せの品を肴に酒を飲みながら、前に番組で訪れた各地の酒場や蔵元の方とオンラインでやりとりをしました。

 プライベートでオンライン飲み会もやりましたよ。最初はビデオ通話が繋がらなかったり、途中で切れちゃったり。みんなも不慣れでね(笑)。もうだいぶ慣れてきました。

 オンライン飲み会は、妙に新鮮です。遠くの人間と会えるわけですから。「酒場放浪記」のスタッフたちとも何度もやりました。

 そうそう、近々、オンライン句会をやる予定です。今年の一月から『新潟日報』に俳句コーナーを持っていて、そこに投句してくれる人たちと句会をやるという企画です。このコーナーには八十五歳とか九十いくつの方がすごく斬新な句を作ってくるんですよ。そういう人たちにもぜひ参加してもらいたかったんですけど、高齢の方はオンライン参加は苦手だそうで、比較的若い人が多くなるみたいです。初めて会う人も多いので、楽しみですね。

 緊急事態宣言が解除されてから、少しずつ外に出る仕事を再開しています。「酒場放浪記」のロケにも行きました。ただ、今回は、以前のようにほかのお客さんたちと「カンパ~イ」というのはナシ。お客のいない開店前にお邪魔して撮影しました。店のなかでは距離をとって、僕以外はみんなマスクをかけて。もうしばらくは、番組も、元通りというのは難しいかもしれません。これは仕方ないですね。

 僕は年齢の割には体力はあるほうなんで、これは、根拠はないんですけど、コロナにかかっても無症状の可能性が高いんじゃないかな、と思っているんです。だから、お年寄りのやっている酒場に行って─いや、僕も年寄りなんだけど(笑)─うつしてしまってはいけないと肝に銘じています。こういう仕事をしているからこそ、気をつけなければ、と、今も一日二回は体温を測っています。自分はなんともないけれど、無症状の感染者かもしれない、ということは常に考えて行動していますね。

 風の便りに、以前「酒場放浪記」で訪れた店がコロナのせいで閉店したという話も聞きますが、そういう話を聞くのはとても寂しいですね。

八王子の自然の中で

 現在の八王子のアトリエに移ったのは去年です。普段、僕が登山のトレーニングをするのが高尾山なので、高尾山が近いところ、ということで、八王子にしました。ここは裏山を散歩して戻ってくるあいだ、ほとんど人に会わないまま過ごせる。もちろんすれ違うこともあるけど、一日ほんの数人だからソーシャルディスタンシングも完璧です。

 環境はとても重要です。昔住んでいた東陽町(東京都江東区)も近くに木場公園があって自然が豊富でした。朝まで飲んで、帰りに木場公園でお年寄りに交じってラジオ体操をしたことも(笑)。その後仕事場に戻って寝る。夕方になったらまた起きて飲みに行くという毎日でした。

 僕は俳句をやるので、季節感を大切にしたい。自然がそばにあるということで、精神的にも肉体的にも健康でいられるのかな、と思います。

 だったらいっそ軽井沢にでも移住しようか、なんて考えたことはありますが、やはり東京に軸足を置いておくことも大事かな、と。ここ八王子なら、東京の下町の延長線上に自分はいる、と感じることができます。軽井沢は......九十歳になったらね。九十歳まで生きていたらの話ですけど。(笑)

 僕にとって門前仲町のあたりが大衆酒場の原点でしょうね。その中心が魚三酒場。今も酒飲みの憧れの店なんじゃないかな。コロナの後もそういう飾り気のない、昭和の大衆酒場は残っていくはず。もちろん形は多少変わると思うけれど、昭和酒場のエッセンスは継承されていくでしょう。コロナが終息したら、全国のそんな酒場に応援に行きたいです。

「東京アラート」も解除されました。これで、都内のロケはやりやすくなるでしょうね。地方に行くのはまだちょっと難しいかもしれませんが。

 そのあたりは臨機応変というか、焦らず、状況に合わせてやっていこうと思います。基本、なるようにしかならんだろ、というところもあるのと、自分が焦って人を思いやるゆとりすらなくしてしまったら、それこそ元も子もありません。

 ニュースを見ていると、コロナのせいで、人間の本質がどんどん暴かれていくような気がします。日常では見えなかった、はらわたの如きものが、全部ひっくり返ってさらけ出されてしまった感じです。善も悪もそのまま剥き出しになっていく今の状況は、七〇年前にカミュが『ペスト』で描いた世界とそっくりです。

 だからこそ、逆に居直って、人間として俺はここで一つ成長できるぜ、みたいな生き方を選んだっていいと思うんですよ。今だからこそ、一回り大きな人間になってみろよ、と。

 コロナで、今までと違った異常な日常をみんな送っていると思いますが、それが人間の存在に強いインパクトを与えているのであれば、おおらかな気持ちを持って弱い存在─弱いというのは自分も含めてね─を愛し、精神的に大きな人間になっていけばいい、と思いますね。

やっぱり日本酒は懐が深い

 実は、今、約三〇種類のお酒を試飲して、コメントを書くという仕事をやっているところなんです。テイスティングですから飲むのは少しだけですよ。でも、何種類も味わいながら飲んでいると、「酒ってやっぱりいいよなぁ」......って、しみじみ思います。コロナのおかげで酒のうまさを再認識したというか。いつもはあちこち飛び回って、美味しいお酒はその都度飲んでいますけど、こうしてゆっくり飲むことはなかなかなかった。

 合わせるつまみを考えたりしながら飲むのは楽しいですよ。銘柄ごとに酒器を替えたりね。酒飲みの愉悦です。

 じっくり飲んでみると、これはちょっと冷やそうとか、こっちは食中酒向きだな、などその酒の個性が見えてきます。燗酒にすべき味だろうな、と思って瓶を見ると東北の蔵だったり......。囲炉裏端に腰を落ち着けて飲む味を醸し出しているんです。

 仕事とはいえ、贅沢な時間ですよね。日本酒は種類が多くて懐が深い。

 まだまだ以前のようには動けないけれど、酒がうまい、ということを改めて体感することができてよかった。もうコロナに負けてないぞ、と思います。

〔『中央公論』2020年8月号より〕

吉田 類(イラストレーター、エッセイスト、俳人)
〔よしだるい〕高知県出身。酒場や旅をテーマに執筆を続ける。BS-TBS「吉田類の酒場放浪記」に出演中。著書に『酒場詩人の流儀』『酒は人の上に人を造らず』など。本誌連載をまとめた『酒場詩人の美学』は8月21日発売予定。
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