次は私がコンピュータと対局します!

清水女流vs.「あから2010」戦のその後を考える
米長邦雄(日本将棋連盟会長)×梅田望夫(ミューズ・アソシエイツ社長)

リーマン・ショックのせい!?

梅田 当日は大変な盛り上がりでしたね。私は対局場へ行けなかったのですが、ネット中継とツイッターでその熱気を感じていました。今回はコンピュータ側からの挑戦を将棋連盟が受けるという形で対戦が決まったと聞きましたが、その辺りの経緯について詳しく教えていただけますか。

米長 まず二〇一〇年は将棋ソフトの開発が始まってから、ちょうど三五周年だったんですね。最初はすごく弱かったコンピュータもだんだん力をつけてきました。将棋連盟も、ソフト開発や宣伝のためにプロ棋士を派遣したり、協力態勢をとってきたつもりです。
 ところが最近になって、「早指しだとプロが負かされている」という話をちらほら聞くようになった。そこで、私が「対局料が一億円以下の場合は公の場で指してはならん」というお触れを出したんですね。五年前、将棋連盟の会長になってすぐのことでした。

梅田 逆に言えば、「一億円の対局料を出してもらえるなら、コンピュータと公の場で指しても構わない」と宣言したわけですね。

米長 そういうことですね。今のところ、プロ棋士がコンピュータに勝ってもたいしたニュースにはなりません。でもプロ棋士が負けると大事件にされてしまう。この状況は将棋界にとって芳しくないと判断しました。そこで、「もし対戦するならきちんとした勝負の場を整えてほしい」という意味を込めて、「対局料一億円」という目安を作っておいたんです。
 そうした流れの中で、三年前、渡辺明がボナンザと対局することになった。これは大和証券杯の創立記念対局ということでして、対局料だけで一億円を出してもらったわけではありませんが。

梅田 とにかく一億円の棋戦が創設されたと。

米長 そうです。こうしてプロ棋士 vs.コンピュータ戦の一つの前例を作ることができたわけです。
 さらに「コンピュータ将棋プロジェクト」に取り組んでいる情報処理学会の創立五〇周年でもあったんですね。その記念事業ということもあり、アカデミックガウンという変わったマントを着た彼らが持ってきた挑戦状を、私が羽織袴で受け取った。それが二〇一〇年の春のことです。
 対局者については、いくつものパターンを考えました。もちろんトッププロを出すという案もあった。でも今回は、女流棋士に絞りました。というのも、どうすれば対局料を捻出できるか頭を悩ませまして、結局、「駒桜」という女流棋士のファンクラブを立ち上げて、その会費から対局料を出すというサポーター方式を採ることにしたんですね。ファンクラブの会員は、インターネットで対局中継をリアルタイムで見ることができるという仕組みです。結果としては、大赤字になるわ、将棋は負かされるわで、踏んだり蹴ったりでしたけど。(笑)

梅田 前回の渡辺竜王 vs.ボナンザ戦は大和証券がスポンサーになりましたが、今回は不況で名乗りを上げるスポンサーが出てこなかったというのも、一つの背景となったのでしょうか。

米長 実情を申し上げますと、今回の対局にも「三億円出す」というスポンサーがついていたんです。それで大雑把に言うと、将棋連盟に一億円、対局者に一億円、広告代理店に一億円が入る企画として進んでいた。しかし、突然の不況でそのスポンサーが降りてしまったんですね。そこでやむなくサポーター方式に切り替えたわけです。ですから、まあ、すべてリーマンちゅうのが悪いんだね(笑)。まさかアメリカの住宅事情が、日本の将棋対局に影響を与えるとは思いもよりませんでした。

人間よりも人間らしいコンピュータ

梅田 実力のある女流棋士は何人もいると思いますが、その中から清水さんを選んだのには理由があったんですか。

米長 渡辺明にはボナンザと対局をするにあたって一つ条件があったんです。それが「会長がどうしてもと頼むから仕方なく指した」というコメントを出すこと(笑)。結局、みんなコンピュータと対戦するのは嫌なんですね。でも清水市代は引き受けてくれた、ということです。それに私も、彼女のキャラクターならば多くの人が応援してくれるだろうと考えた。実際これは読み通りで、将棋ファンだけでなく、コンピュータの開発者まで、みんなが彼女を応援してくれました。
 でも想像以上に苦労は多かったようです。プレッシャーは日に日に強まりますし、家に押しかけるストーカーまがいのマスコミもあったりしてね。その対応に追われて、対局前に気力も体力もかなり消耗していました。

梅田 将棋の内容についてはどう見ましたか。

米長 序盤は清水優勢、中盤はいい勝負。その中盤の「清水がやや指しやすいか」という局面で時間を使い過ぎてしまい、最後のほうの場面で悪手が出てしまった......というのが、当日居合わせた佐藤康光や藤井猛といったトッププロの感想です。
 私が面白いなと思ったのは、清水が「自分は感情のない機械と指すことになると思っていたけれど、序盤の作戦から、とても人間らしい将棋を指してきた。むしろこんなに人間らしい存在と将棋を指したのは久しぶりだと感じた」と言っていたことですね。
 私がタイトル戦を戦っていた頃の将棋は、盤上の戦いはもちろん、将棋盤の外でも人間関係のつばぜり合いのようなものもあったりして、非常に人間臭いところがあった。しかし、近頃のプロ棋士はみんな、ある意味でコンピュータのような将棋を指すんですね。

梅田 現代将棋では棋譜がデータベース化したこともあって、定跡の研究が飛躍的に進みました。プロ同士では最新の定跡がお互いの頭に入っているのは当然です。すると一局平均一〇〇手のうちの六割ほどが、「見たことがある手」ということも起こります。そうした状態を称して、「コンピュータのような将棋を指している」とは確かに言えると思います。
 ところで、今回登場した「あから2010」というコンピュータ将棋システムでは、「激指」「GPS将棋」「ボナンザ」「YSS」という別々の開発者が作ったプログラムがそれぞれ・次の一手・を提案して、議論の後に最終的な指し手を決める、という「合議制」が採用されていました。
 そして対局後には、それぞれのプログラムが局面ごとにどういう読みをして、どういう議論が行われたのか、すべて公開されました。それを読んでみると、これがとても面白いんです。どうやらソフトにも「棋人格」があるんですね。非常に短気ですぐに攻めたがるソフトもあれば、じっくりとした性格で玉を固めたがるソフトもある。ある棋士が「コンピュータは、おそろしく強い子どもに似ていた」と感想を述べていました。
 今は、トップレベルの人間がコンピュータのようになっている一方で、トップレベルのコンピュータが人間のようになってきているとも言えるのですね。

米長 今回のコンピュータは、対局が始まってすぐの四手目に、「相手が清水だから」という手を指しました。つまりコンピュータは清水の苦手な将棋を研究していて、そういう将棋に進むように誘導したんです。清水は驚いたでしょうね。少なくとも私は驚きました。
 将棋というものは、相手が誰であっても一〇〇点の手だけをずっと指し続けることができれば勝てるわけです。だから「コンピュータは最善手を指そうとするものだ」と考えていたのに、今回のコンピュータは「相手に合わせた手」を指してきた。人間がするようにね。
 その手を見て、すぐに相手の意図を理解した清水は、「コンピュータの注文にはまって自分らしい将棋を指すか」あるいは「コンピュータの研究したであろう手順を避けるか」を考えたそうです。そして結局、清水は堂々と受けて立つことを選択した。そういう意味では、結果はどうあれ、対局者同士の「想い」がぶつかった非常に見応えのある将棋だったと思います。

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