私は永世棋聖として必ず立って戦います

米長邦雄(日本将棋連盟会長 )×梅田望夫(ミューズ・アソシエイツ社長)

本番直前

梅田 「米長邦雄永世棋聖 vs.(将棋対局ソフト)ボンクラーズ」の「将棋電王戦」(二〇一二年一月十四日開催。当日は対局の様子をニコニコ生放送にて生中継)、いよいよ本番が近づいてきましたね。本誌十一月号に掲載された対談では、コンピュータと練習対局を繰り返す中で「全盛期の実力であれば絶対に負けないと確信した。いかに全盛期の力を取り戻すかがすべてだ」とおっしゃっていましたが、それは変わりませんか。

米長 基本的には変わっていません。戦うにあたって自分自身の棋力を少しでも上げておくことは必要です。そのためには、まず詰め将棋。三手詰めや五手詰めの簡単なものから二五手詰め前後のじっくり考えるものまで、毎日取り組んでいます。それから全盛期の自分の棋譜を並べて指し手の呼吸を思い出す。さらに若手プロ棋士と練習対局をして実戦の感覚を取り戻そうとしています。

梅田 手応えはいかがですか。

米長 実際に、本番当日に、どれほどまで棋力を回復させられるのかは分かりません。けれども、これは「やるべきこと」としてやっています。
 ところがですね、直前になってもう一つ考えなくてはいけないことが出てきたんです。

先生、6二玉と上がってください

梅田 詳しく教えてください。

米長 先日から対局相手の将棋ソフト「ボンクラーズ」(二〇一一年度世界コンピュータ将棋選手権優勝)が、「将棋倶楽部24」(匿名で将棋が指せるサイト。プロ棋士や奨励会員も参加していると言われている)に登場したんですね。連戦連勝で歴代最高のレーティングを叩き出しています。「会長が対局するというボンクラーズはどんなものか、一つ揉んでやるか」と指してみて返り討ちにあったプロ棋士も多いはずです。これは相当強い。
 でも、私には二つの応援団がついているんですね。一つはプロ棋士です。「米長先生、どうしても勝ってください。お役に立てることならなんでもやります」と練習対局で私を負かしてくれるプロ棋士集団がいる。
 実は応援団がもう一ついるんです。それはパソコンの研究者集団なんですね。研究者たちは同業者であるコンピュータ側を応援しているだろうと思うかもしれませんが、実際は違うんです。彼らは将棋の勝ち負け自体よりも、自分のコンピュータの研究をより進めたい。詳しいことはよく分かりませんが、システムやら「評価関数」の作り方やらについてあれこれ工夫をして技術を高めていくことが、彼らにとっては大切なんです。それで自分以外の研究者が簡単にプロ棋士に勝ってしまうのかどうかに大きな関心があるようです。だから研究者たちも全員が私に勝ってもらいたいと思っているようです。
 その研究者集団の中でたぶんもっとも信頼できる技術者が、「先生、コンピュータソフトに勝つのは簡単です。先手のコンピュータが7六歩と指してきたら、後手の先生は初手6二玉と上がってください」と言ったんですね。

エキシビションマッチを組んだ意図

梅田 なるほど。初手6二玉という手の意味するところは、これまで人間が積み上げてきた序盤の定跡をすべて使えないものにするということですよね。まさに「泥沼流」に引きずり込むと。

米長 人間相手ならもちろん大悪手です。「ちょっと不利になる手」というよりも、「指してはならない手」であって、古いタイプの人だと「俺を馬鹿にしているのか」とケンカになってもおかしくない。

梅田 考え得る最悪手ではないけど、プロ間だと咎められる手ということですね。

米長 咎められるというよりも......。

梅田 ほぼ敗勢になると。

米長 人格を疑われるほどの手です(笑)。ただ、もしかすると現時点のコンピュータソフト相手には、この手が最善手かもしれない。

梅田 でも、そのある意味での「悪手」を米長邦雄が指せるんですか。

米長 そこなんですね、問題は。私にも元名人、永世棋聖としてのプライドがあります。詰め将棋をしたり、自分の棋譜を並べたりしている男には、仮にそれが勝つための手だとしても、やはり指せないんですね。ファンからも、「そんな手を指してまでも、コンピュータに勝ちたいのか」と言われることになるはずです。だから実戦では、私は3四歩か8四歩のどちらかしか指すことができません。

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