藤井太洋「世界文学へ踏み出した中国SF作家。その歩みは全て私たちとともに」
*編集部注:文中、日本語フォントで表示できない作家名はカタカナで示している。
中国SFはすでに世界文学への第一歩を踏み出した
一読で楽しめたことに驚いた。
まあ聞いてほしい。この作品集はフェイダオの手による、杜甫(とほ)の詩の一句を原題にとった作品で幕を開ける。そこには、さらなる道を求めて仙境から時空の旅に出る孔子が生き生きと描かれていた。
二作目はベテランの馬伯庸(マー・ボーヨン)。圧倒的なリアリティでコーヒーを嗜む諸葛亮を歴史に刻み、三作目のチョン・ジンボーは巨大な白骨に洛陽(そう、あの洛陽だ!)をひきずらせて夜の領域にとどめおく。四作目で再び筆をとるフェイダオはイギリス人たちを数理の罠に陥れる乾隆帝を描き、ビブリオグラファーとしても名高い梁清散(リァン・チンサン)は、清朝末期を舞台にした五作目で最初期の中国SF作家を歴史資料の間に息づかせる。
六作目は『三体』の二次創作でデビューした宝樹(バオシュー)だ。堂々たるエンターテインメント作品に登場するのは、なんと魯迅とウェルズのタイムマシン。七作目の韓松(ハン・ソン)から寄せられたのは、日中戦争の最中、零戦が頭上を飛ぶ上海の租界から世界の理をじわりと変えていく傑作短編だった。そして八作目、中国SFを代表する作家になりつつある夏茄(シアジア)は、不死者と時間旅行者との、宇宙史をまたにかけた出会いと逃避行を描いて掉尾を飾る。
文字に記されているだけでも数千年にわたる歴史のはしばしを、これだけさまざまな方法で覆していく歴史SFを、さしたる苦労もなく楽しめてしまったのだから、驚かずにはいられない。
中国SFは世界文学への第一歩を踏み出した(写真提供:写真AC)
ここに集まった八篇の歴史SFは、私たちの書き記す文字と、ものがたる方法と、積み上げていく知が大きな隣国との関係の中で育ったことを思い出させてくれる。
霧むせぶ仙境も果てない大地も、鎮(ちん)の壁に切り取られた小さな空も、瀟洒な上海租界に立ち込める爆撃の煙も、そして世界文学への第一歩を踏み出した中国SF作家たちの生きる国際都市も、全て私たちとともにある。
大恵和実 編訳/上原かおり/大久保洋子/立原透耶/林久之 訳
孔子は時空を越え、諸葛亮孔明は珈琲栽培に成功し、マカートニー伯爵は乾隆帝の迷宮に閉じ込められ、魯迅は故郷でH・G・ウェルズのタイムマシンに出くわす――悠久の中国史を舞台に、今もっとも勢いのある中国の作家7人が想像力の限りを尽くした超豪華短篇集!