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ベンジャミン・クリッツァー 結論が凡庸になろうとも、事実を直視しながら思索する【著者に聞く】

ベンジャミン・クリッツァー
『21世紀の道徳』ベンジャミン・クリッツァー著(晶文社)

――本書では哲学や倫理学の見地から、学問のあり方や功利主義、ジェンダー、幸福について検討されています。「21世紀の道徳」という大きなテーマに取り組んだ動機はなんでしょうか。

 書籍にできたのは、端的に言えば、私のブログを読んでくれていた編集者が声をかけてくれたからです。この本は、私が大学院を修了後、フリーターをしていた約3年間に集中的に書いてきたブログ「道徳的動物日記」がベースになっています。当初は、修士時代に研究していた動物倫理学やジェンダー論について紹介し、考察するものでした。どちらも日本での研究は日が浅く、誤解されがちな学問でもあったので、正しく理解してもらうことを当初の目的にしていたと思います。

 けれど、ブログを書いているうちに、功利主義について書こう、その前提となる学問のあり方についても検討しようと、領域が広がっていったのです。

 書籍化にあたっては、これ一冊を読めば大まかに倫理学がわかる、教科書のような本にしたいと思いました。そこでブログの論点を整理し、加筆修正していったのです。21世紀まで偉大な先人たちが考察してきた哲学と、進化心理学という新しい知見を盛り込みながら、これからの道徳がいかにあるべきかを考察しました。

――アメリカ人で大学教員のご両親のもと、クリッツァーさんは京都で育ちました。そういった成育環境の研究への影響は大きかったでしょうか。

 大きいですね。外に出れば日本社会ですが、家ではアメリカ文化にいるわけです。例えば中学生時代、親にフェイクファーのコートを買いたいと言いました。すると親は、フェイクであっても毛皮はダメだと言う。これは、アメリカでは一般的な価値観ですが、私は「なんで?」となる。一方では、会う人会う人から、日本人とアメリカ人の違いを強調される。同じ人間だからそんなに違いはないのに、こちらもまた「なんで?」となる。文化は違っても共通する規範や原理があるはずです。倫理学や進化心理学にはそれを求めたのだと思います。

――本書ではフェミニズムの分析手法や、ケアの倫理学には手厳しい批判もしています。自らの立ち位置を明らかにしながら、わかりやすく展開していく筆致には説得力がありました。

 私は学者ではなく在野の批評家なので、主張は明確に、結論もちゃんと設けることを心掛けました。哲学的思考とは「答えの出ない問題に悩み続けること」ではなく、なんらかの形で正解にたどり着けるものだと思っています。

 私はフェミニズムに反対する者ではありません。男女平等など重要な主張にはもちろん同意します。けれど、社会規範への意識が勝ちすぎて、生物学的な議論や、原理原則が抜け落ちているようにも思うのです。

 ケアの倫理学はフェミニスト倫理学から派生した学問で、理性よりも感情を肯定し、共感することを重視します。同時に、育児や介護など、これまで女性に押し付けられてきたケア労働や共感を「女性の道徳」として、その価値を訴えます。共感は大切です。しかし、普遍的な理論や原理を否定して、個別の状況や、当事者の主観・関係性に重きを置くため、それでは法律を作るにはどうしたらいいか、政治体制をどのように修正したらいいかを考えるときに指標がなくなってしまうのです。これは、フェミニズムが政治運動として立ち上がり、理論や原則を否定しながらも、模範市民的な「常識」を介して、再び理論や原則を導入していることに理由があるのかもしれません。

 近年の倫理学は研究が進み過ぎて、抽象的で難解なものになっているために、比較的簡単なケアの倫理学に世間の注目が集まっているのでしょう。だからこそ、本書では功利主義や古代ギリシャの徳倫理についての基本的な議論を強調しました。

 イデオロギーが強くなると極論に偏りがちです。たとえ結論が凡庸になろうとも、科学で得られた知見、事実を直視しながら思索することが大事だと思っています。

ベンジャミン・クリッツァー
〔Benjamin Kritzer〕
1989年京都府生まれ。2014年に大学院修士課程を修了後、フリーターや会社員をしながら、ブログ「道徳的動物日記」を執筆。批評家として、倫理学・心理学・社会運動など様々なトピックについての記事をブログやWebメディアに掲載。