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『作りたい女と食べたい女』ゆざきさかおみ著 評者:石岡良治【このマンガもすごい!】

石岡良治
『作りたい女と食べたい女』ゆざきさかおみ著/KADOKAWA

評者:石岡良治

 マンガが描き出せるテーマは多種多様であり、とりわけ「食」の重要性が年々増大しているように思える。荒唐無稽な面白さとともに展開される料理バトルマンガや、ワインなどの伝統的な美食モチーフからラーメンなどの「B級」にまで及ぶグルメマンガはもとより、生活のあらゆる局面が「食」を通じて描かれるようになっているからである。ジブリアニメが「食事シーン」に重きを置いていることが広く知られているように、「絵」として描かれた食事場面だからこそ、そこで展開される登場人物の交流が、食事そのものの描写とともに強く印象付けられるのではないだろうか。

 南信長の2013年の著書『マンガの食卓』は、マンガにおける「食」を考える上で格好の出発点であり、同書で紹介されている数々の魅力的な作品のなかでも、現在に至るターニングポイントと思われるのが、よしながふみ著『きのう何食べた?』だ。昨年完結したジェンダーSF時代劇(と呼ぶほかない名作である)『大奥』と並ぶよしながふみの代表作であり、両作ともにテレビドラマや映画として実写化されている。

 男性同士の性愛が恒常的に描かれるBL(ボーイズラブ)マンガのポテンシャルを広げてきたキャリアのなかでも『きのう何食べた?』がとりわけ興味深いのは、ゲイ男性カップルの「食」をめぐる日常生活の丹念な描写を通じて、BLマンガに馴染んでいない読者ないしは視聴者にとっても馴染み深い数々のシチュエーションを新鮮な切り口で描き出した点だ。それにより人間同士のコミュニケーションとはいかなるものかについての洞察をも示している。

 そうしたなか、KADOKAWAのウェブコミックサービス「Comic Walker」にて連載中のゆざきさかおみ著『作りたい女と食べたい女』は、「食」をめぐるマンガ表現の現在形と呼ぶべき注目作である。料理作りは好きだが少食かつ単身者ゆえに調理のバリエーションの乏しさに悩む主人公の野本さんが、見事な食べっぷりの春日さんと出会い、交流を深めていく同作は、シスターフッドすなわち「女性同士の絆」やGL(ガールズラブ)を主題に据えつつ、まずもって「食」を共にする場面の描写が印象的だ。とりわけ春日さんが綺麗な歯で「ばくっ」「もぐもぐ」という擬音とともにさまざまな料理をおいしそうに食べる姿は、本作の表現的な魅力の要点となっている。

「作りたい女」である野本さんの料理の世界が、「食べたい女」春日さんというパートナーを得ることで次第に広がっていくなか、「好き」という感情をめぐる野本さんの探究が繊細に描かれていることも重要だろう。既存の性愛的ロマンスがモデルとして機能しなくなっている現在、万人の関心事である「食」を通じてこれから紡がれていく物語は、春日さんの食べる姿の魅力という定点に立脚しつつ、例えばケアの倫理などの現代的課題とも共振するかたちで繰り広げられるに違いない。

(『中央公論』2022年5月号より)



石岡良治
早稲田大学准教授
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