豊田恭子 分断社会アメリカで図書館が果たす役割とは【著者に聞く】
──アメリカの図書館について書こうと思ったきっかけは何ですか。
2017年に初めてALA(アメリカ図書館協会)の年次大会に行き、アメリカの図書館の存在の大きさ、ライブラリアンたちが自信に満ちていろいろなことを語り合う姿に衝撃を受けました。もともと私には、日本では図書館を支える仕組みがうまくいっていないのでは、という問題意識があり、アメリカの図書館制度の歴史的発展を調べて書きたいと考えたのです。
──フレデリック・ワイズマン監督の映画『ニューヨーク公共図書館エクス・リブリス』(2019年日本公開)も話題になりましたね。
映画が大ヒットしたのは嬉しいことで、この本を書くモチベーションの一つにもなっています。ただ、あの作品には一切説明がないので、「なぜ図書館で音楽会が行われているのか」「話し合いをしている人は誰か」などが分かりません。そこで、このようなことが可能になった背景を書こうと思いました。「素晴らしいですね」で終わってしまうのは残念ですから。
──アメリカの大学院(ライブラリースクール)で図書館情報学を学び、日本では企業のデータベース構築やリサーチなどに従事されていたんですね。
もともとは日本で出版業界紙の記者をしていました。1980年代後半、データベースが登場し、出版流通、情報流通が大きく変わる時期に、最先端のアメリカで何が起きているか見てこようと留学を決めました。現地で「デジタル社会で出版や情報の流通がどう変わっていくのか勉強したい」と話したら、ライブラリースクールを薦められたのです。
──ライブラリアンは日本の司書とは異なるのでしょうか?
アメリカでライブラリアンと言った場合、それは公共図書館で働く人だけではなく、はるかに広い概念です。その仕事はデータベースを構築したりデジタルアーカイブを作ったり、レコードマネジメント(記録管理)をしたり......。今で言うと、グーグルなどのIT企業で働くライブラリアンもいます。
また、日本の図書館の館長は司書ではないことが多いと思いますが、アメリカでは、公共図書館はもちろん、議会図書館や大学図書館などの館長もライブラリアンです。ライブラリースクールには、館長を育てているという意識があり、「図書館経営論」はとても重要な科目です。
──アメリカの図書館の地域社会での存在の大きさには驚きました。人々がパソコンでオバマケアの申し込みをしたり、コロナ禍で休館中でもWi-Fiスポットとして利用したり......。
アメリカの図書館は早くからネットワーク化、電子化に積極的に取り組んできました。日本から行って、公共図書館を見学すると、パソコンの前に人がダーッと並んでいるので皆さん驚かれますね。移民など情報にアクセスしづらい人たちと地域を繋ぐ役割を、図書館が果たしているのです。
──トランプ前大統領が図書館予算をカットしようとしたときに、ALAが中心になってロビー活動を行い、予算を獲得したくだりも興味深かったです。
日本の図書館で働く方たちには、政治にかかわるのはよくないと誤解しているところがあると思います。議員に頼むのは中立性を損なうんじゃないかと。でも、図書館の政策は政治に後押ししてもらわなくては、予算だってもらえないし、予算がなかったら活動もできない。提供するコンテンツの中立性とは別に、図書館を守るために予算を要求していくとか、潰されそうなときに反対するのは大事なことだと思います。黙って厳しい状況に耐えてきた日本の司書の人たちに、頑張ろうよと言いたいという思いもあります。
──最近、アメリカに取材に行かれたそうですね。
実は今「大統領図書館」のことを調べているんです。歴代の大統領が退任後に作るもので現在13あるのですが、「大統領文書は誰のものか」という議論もあり、とても面白いので、ぜひ本にまとめたいと考えています。
(『中央公論』2023年2月号より)
1960年東京都生まれ。ライブラリアン。お茶の水女子大学卒業。米国シモンズ大学で図書館情報学修士号取得。J・P・モルガン日本支社でビジネスリソースセンターの立ち上げ、ゲッティ・イメージズで画像データベース運営などに携わる。共著に『専門図書館のマネジメント』など。