岡崎武志×速水健朗 上京物語の変遷

岡崎武志(文筆家・書評家)×速水健朗(ライター)

上京者が発見する「美」

──岡崎さんは4月に中公文庫で『上京小説傑作選』を編者としてまとめられました。これまでにも『上京する文學』『ここが私の東京』などを書いておられますね。


岡崎 上京する人たちの来歴を調べていてまず気づいたのは、西日本から来た人は東京でも西に住む傾向が強いということ。阿佐ヶ谷文士と呼ばれる人たち、例えば井伏鱒二は広島、上林暁(かんばやしあかつき)は高知、木山捷平(しょうへい)は岡山から上京しています。現代作家でも神戸出身の村上春樹は、西武新宿線の都立家政、のち国分寺に住んでいます。


速水 漫画でも矢沢あいの『NANA』では、おそらく北陸と新潟周辺出身の二人が上京時の新幹線で偶然隣り合わせになり東京でルームシェアを始めます。場所は調布なのでこちらも東京の西ですね。僕はこの作品は2000年代以降の上京を描いたものでもっとも影響力があったと思います。それまでの上京の、ある種の集大成というか。

 矢沢永吉や吉川晃司、チェッカーズらを見ても、ロックと上京はワンセットで、それを『NANA』がなぞっている。もっとも顕著なのがチェッカーズの曲の歌詞の影響です。ビルの明かりが川の水面ににじんでいる光景とか、街角のポスターをブーツの先で破るとか。「OH!! POPSTAR」の歌詞通りなんですよね。あと「NANA」もチェッカーズの曲名ですね。

 もう一つ、10年代以降の地方と東京をテーマにした作家に山内マリコがいます。『あのこは貴族』は、東京出身者と地方出身者の女性二人の対比で描いていて、両者では、同じ東京でも見ている光景が違うというのが印象的です。文化資本の格差は、都市を眺める視点にも影響をもたらす。


岡崎 今おっしゃった橋の向こうに見つけるような都会は、地方から上京してきた者だからこそ発見できる東京の美だと思いますね。小津安二郎の『早春』で池部良が丸の内の会社に勤務するサラリーマンを演じていますが、秋田から上京してきた同僚が肺結核で臥せっている。お見舞いに行くと、その男が中学時代に修学旅行で東京へ来た時の思い出話として、夕暮れ時に丸ビルに明かりが点いた様子を「外国へ来たみたいだった」と語るシーンがあります。丸ビルの明かりに美しさを見出す感性は、それが当たり前になっている東京の人にはなかなかないものだと思うね。


──速水さんはサブカルチャーを扱った著作も多いですが、岡崎さんのように中央線文化圏への憧れはありましたか。


速水 中央線は歴史や地域性のカラーが強すぎるので、実は一回も住んだことはありません。どうしても尻ごみしてしまいます。


岡崎 速水くんが本に書いているけど、特に女性は敬遠する傾向がある。酔っ払いが多くて、意識の高い文科系のオヤジがいて、と。


速水 そういうめんどうくささもありますし、あとは自由すぎるところも苦手ですね。うまく言えないのですが、今でも高円寺を歩くのはちょっと苦手で......。


岡崎 わかる気もするわ。


速水 僕と同世代のオジサンが、長髪でプログレバンドのTシャツを着て歩いていたりすると、「なんか自由だな」と思いつつ、自分の不自由さにいたたまれないところもある。もちろん、あの自由の良さもあるんですけど、日々それを突きつけられるのは自分にとって厳しい気がします。


岡崎 速水くんが中央線沿線に住んだら年収が下がるで。「もう働かなくてええわ」という気持ちになってまう。


速水 それは怖い。


岡崎 でも、中央線まわりの自由な雰囲気は何物にも代えがたい。僕も直面したけど、上京して東京に住むにあたってネックになるのは家賃の高さ。地方だと一軒家を借りられるようなお金を出しても、東京だと風呂なし4畳半にしか住めなかったりする。で、高円寺あたりにはまだ風呂なしの格安アパートがあって、わけのわからん奴にも部屋を貸してくれる風土がある。


速水 今なら問題になりそうですが、昔は大家さんが借り主の人柄などを見て選別していましたからね。フリーランスをやっているとわかりますけど、アパート一つ借りられなかった。そういう意味では大家さんが比較的おおらかで、物件を借りやすいという特殊性は、中央線のあまり語られていない魅力的なポイントですね。


岡崎 ちなみに速水くんは部屋を借りる時に職業欄はどう書くの?


速水 「自営業」ですね。「フリーランス」なんて絶対書けない。


岡崎 「フリーランス」って書くと大家さんに警戒されそうやもんね。


(後略)


構成:鴇田義晴

中央公論 2023年6月号
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岡崎武志(文筆家・書評家)×速水健朗(ライター)
◆岡崎武志〔おかざきたけし〕
1957年大阪府枚方市生まれ。著書に『読書の腕前』『蔵書の苦しみ』『憧れの住む東京へ』など、編著に『上京小説傑作選』ほか。

◆速水健朗〔はやみずけんろう〕
1973年石川県金沢市生まれ。著書に『ラーメンと愛国』『1995年』『フード左翼とフード右翼』『東京β』『東京どこに住む?』など。
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