ドキュメンタリー映画の撮影現場で、監督がカメラマンに指示をほぼ出さない理由とは?師弟関係の2人が語り合う撮影のポイント
対話をカメラ一台きりで撮った理由
辻 カメラマンとしては、画面の力強さというのは意識していました。映画に出てくる人たちを、しっかりと見つめている。そう思っていただける映像になるように、食い入るように見てもらえるものに、というのか。
満若 (うなづく)
辻 この映画は何人ものひとが出てきて「対話」しているシーンが多いんですが。テレビのトーク番組だとカメラが何台もある。しゃべっている人ごとにアップで撮るということをするんですが、この映画はカメラは一台きりなんですね。これには理由があって、わたしたちがふだん話しているとき、相手が真剣に話していれば、じっと見ている。そうしたことを再現しようと意識したのが、この映画の撮影におけるポイントだと思っています。
「対話」場面の撮影風景。レールの上にカメラを設置することで移動しながら撮影を行うことが出来る。(c)『私のはなし 部落のはなし』製作委員会
満若 撮影するのに大変な場面とかはありましたか? 現場では辻さんに基本的にお任せしていて。予算が限られていたものですから、辻さんは毎回、東京から関西までひとりで(劇映画だと数人のアシスタントがつくことが一般的)、機材を積み込んで新幹線で来てもらっていたんですね。そのぶん辻さんの負担は大きかったと思うんです。
辻 大変といえば、機材。三脚もカメラも、スクリーンで見てもらう以上はしっかりしたものを作りたい。そうすると当然カメラは大きなものになる。カメラを支える三脚も大きくなる。移動させるレールも。とくに「対話」のシーンは。しかも満若くんは前日に入っていて「辻さん、何時に来てください」と言われ、それら全部をひとりで運ぶ。つまり、現場は肉体労働なんです。満若くん自身も、いつもやっていることなのでその点はわかっていることですが(笑)。
満若 ありがとうございます。もしかしたら、お客さんの中にカメラマンという仕事に対して華やかなイメージをもっていられる人はいらっしゃいますか?
辻 ハハハハ、思われていないみたいだね。
満若 カメラマンは基本的に仕事の8割は準備なんですね。料理でいうと下ごしらえに時間がかかる。それで今日は、辻さんがこういう場に登壇するというのはレアなことなので、ドキュメンタリーのカメラマンは現場で何をするのか聞かせてください。
辻 ああ、その前に「ドキュメンタリー」を簡単に定義しておきますと、現実にそこにいる人を記録していく。それも何かのテーマにつながっていくような映像にする。いまはスマホでも撮れますが、それはスケッチでしかない。ドキュメンタリーのカメラマンは、この人が何をしようとしているのか。この世界でどういう存在なのか。どういう問題を抱えているのか。といったところまで到達させないといけない。ぼくらはよく「垂直に掘る」と言ったりするんですが、どれだけその人の深いところまで見ていくのが課題になっていきます。