田村哲夫×隠岐さや香 AI時代のいまこそ、リベラルアーツ教育を

田村哲夫(渋谷教育学園理事長・学園長 )×隠岐さや香(東京大学教授)

反知性主義とAI

隠岐 田村先生はリチャード・ホーフスタッターの1963年の著作を、2003年に『アメリカの反知性主義』として翻訳されましたね。

田村 あのピュリッツァー賞にも輝いた原書に、私は、アメリカ出張時に連れられていった古書店で出合いました。日本でも東大の先生から「大学院の授業で使っているけれど邦訳がないから不便だ」という話を聞き、じゃあ私がやってみようと、校長職の傍らコツコツと訳したんです。面白かったですが、えらい苦労をしましたねえ(笑)。03年の出版直後は、それほど売れたわけではないんです。ところが、16年初頭から一気に注目されていった。ちょうど大統領候補としてドナルド・トランプが台頭した時期でした。アメリカという国家の歴史に内在する反知性主義について、多くの人が目を向けたわけです。

隠岐 あの本のなかで、田村先生は、人間にとって重要な「インテレクト」は「知性」、一方の「インテリジェンス」は「知能」と訳し分けられましたね。

田村 トランプは「アメリカの反知性主義」を知り尽くしていると思います。だから彼は、あえて「インテリジェンス」の言葉を使う。20年、2期目の再選を目指し出馬した大統領選中、新型コロナウイルス感染からの復帰コメントで、自分を「your favorite president」と言っていたんです。恥ずかしくて自ら口にできた表現ではないはずですが、彼は本物の「インテレクト」が用いる言葉を使うと誰もついてこないと知っているからこそ、「インテリジェンス」の言葉に徹する。厄介ですよ。

隠岐 トランプを哲学史で捉えれば、古代ギリシアの「ソフィスト」ですよね。ソクラテスは、演説はうまいが弁が立つだけの人をソフィストと非難し、真理を知っている「フィロソファー」と区別しました。人工知能(AI)もまたソフィスト的で、トランプの言葉のようなものを増幅させる力を持っている印象があります。

 インテリジェンスといえば、『伝説の校長講話』では、AIArtificial Intelligence)は文字通り「インテリジェンス」=「知能」を司るとされています。

 対話型AIChatGPT」についての議論が進む現在もまた、反知性主義と無関係ではないはずですが、これについてはいかがですか。

田村 実は、ChatGPTに、私が死んだ後の弔辞をつくれと言ってやらせてみたんです(笑)。AIは未来を想像するのは苦手だけれど、弔辞ならいままでやったことだけを書けばいいわけだから......。出来上がった弔辞は、なかなか完成度も高く、面白かったですよ。

隠岐 弔辞ですか。田村先生が著名人でいらっしゃるからこそ正確な出力になった気もします。私は「隠岐さや香という科学史研究者について教えてください」とChatGPTに聞いてみたのですが、事実と全然違う答えが返ってきました。(笑)

田村 ChatGPTは質問の仕方を考えさせてくれる点では学びがありますね。うまい質問をしないと機能しない。私は、最近の講話では全学年で年度の初めに必ずAIについて触れています。便利だけど気をつけなさい、考えることの楽しさや自分の可能性を捨てないように、と。

隠岐 私はこうしたAIの泥棒的というか植民地主義的というか、これまで人々が積み重ねてきた叡知と努力の結晶に、きちんと対価を支払うシステムの構築抜きで技術が発展していることに、違和感を抱いています。その問題がクリアされるまでは禁止したいとすら思っています。禁止すればテクノロジーのある種のブレイクスルーを阻害してしまうことにもなるので、難しいところではありますが......。

田村 教育では、AIが得意とする「認知能力」については教えられるんですよ。しかし創造力に関わる「非認知能力」は、教えられない。生徒が自分で鍛えるしかないんです。リテラシー教育だけではだめだということをChatGPTは改めて気づかせてくれたと思います。

隠岐 いま、自分の高校時代を振り返ってみると、受験に心を奪われすぎていたと思います。経済的に余裕がない環境にいると、勉強の仕方を試験のために最適化して視野を狭めがちで、教養の範囲を自ら縛ってしまう。日本は偏差値による格差社会になっていて、自分が置かれた場に従って教養も選択するような圧力が働いています。生徒の学習環境による格差は問題だと思います。

田村 その意味では、教育の世界にデジタルという新しいツールが入ってきたことは大きな変化だと感じています。一方、そんな時代だからこそ、改めて人間を深く理解していくことが大切なのではないでしょうか。やはりリベラル・アーツという学問体系を、これからも生徒に伝えていきたいと思います。

隠岐 日本の大学入試制度がリベラル・アーツ教育の成果を問わない現実もありますから、私も、大学教員として何とかしていきたいと思っているところです。受験のプレッシャーが若者の視野を狭めやすいのだとしたら、そのあとの大学や社会生活のなかでも手の届くリベラル・アーツを発信することが必要なのかもしれません。

 

(完全版は『中央公論』2023年7月号で)

 

構成:宮田文久 撮影:言美 歩

中央公論 2023年7月号
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田村哲夫(渋谷教育学園理事長・学園長 )×隠岐さや香(東京大学教授)
◆田村哲夫〔たむらてつお〕
1936年東京生まれ。58年東京大学法学部卒業。住友銀行を経て、70年渋谷教育学園理事長に就任。83年渋谷幕張高校、86年同中学を開校。渋谷女子高校を共学化し96年に中学を開設、99年に中高一貫に。2022年まで両校の校長を務める。著書に『渋谷教育学園はなぜ共学トップになれたのか』、共著に『伝説の校長講話』など。

◆隠岐さや香〔おきさやか〕
1975年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。博士(学術)。専門は科学史。広島大学准教授、名古屋大学教授などを経て現職。著書に『科学アカデミーと「有用な科学」─フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(サントリー学芸賞)、『文系と理系はなぜ分かれたのか』など。
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