碇本 学 あだち充の半世紀と現在地

碇本 学(ライター)

「花の24年組」と『少女コミック』

「消えた爆音」を読んだ編集者の亀井修は、絵の上手さと独特の間の取り方が新人離れしていると感じた。担当を決める際には自ら手を挙げたが、先輩の武居がやるというので彼に譲る形となった。その後、あだち充の才能に惚れた二人は企画を出し続け、佐々木守ややまさき十三(じゅうぞう)などの漫画原作者と組ませて漫画を描かせた。『少年サンデー』も当時ブームだった劇画の作家が欲しかったので、あだち充を劇画家として育てようとしていた。

 だが、あだち充の描いた漫画は1970年代前半にはヒットせず、人気も一向に上がらなかった。当時の『少年サンデー』編集長は「うちでは、もうあだち充は使わない」と宣言した。

 75年に武居があだち充を引き取る形で『週刊少女コミック』へ異動した。少女漫画誌『少女コミック』では、あだちと同世代で、のちに「花の24年組」と呼ばれる萩尾望都(代表作『ポーの一族』)、竹宮惠子(代表作『風と木の詩』)、大島弓子(代表作『いちご物語』)などが新しい漫画表現を試行錯誤していた。

 当時の少女漫画誌では、現在の「BL(ボーイズラブ)」の始祖ともされる彼女たちが新しい漫画の可能性を試みていたことも、日本漫画史に残る重要な出来事である。萩尾たちがしっかりとクリーンナップとして革新的な漫画を発表していたこともあり、あだち充は無理にヒットを狙わず、気負わずに漫画を描くことができた。また、同世代の彼女たちの作品に影響されたこともあり、次第に自分の描きたいものを見つけ出していく。

 あだちは『少女コミック』でも原作ものを描いてはいたが、次第に絵のタッチも劇画調のものからソフトなものへとなっていった。78年の読み切り短編「居候よりひとこと」は、四姉妹がいる銭湯で働き始めた男性主人公のドタバタコメディである。これを発展させた作品が『陽あたり良好!』(80~81年)であり、のちにドラマやアニメにもなった。

 彼の描くキャラクターは「あだち一座」と呼ばれるほど、違う作品でもメインキャラやヒロインの髪型が異なるくらいでほとんど見分けがつかないといわれることがあるが、この頃には、そうしたキャラクターたちの原型が出来上がりつつあった。

 学生運動の盛り上がりとリンクするようにブームとなっていた「劇画」や「スポ根」漫画の代表作であった『巨人の星』『あしたのジョー』も、70年代前半には連載が終了していた。しかし、少年漫画誌は以降もそれらのヒット作を追いかけ続け、多くの新人漫画家たちは編集部の求めに応じて「劇画」を描いていた。そして、それに翻弄されて消えていった漫画家も多かった。あだち充は少女漫画誌に活躍の場を移していたことで、自分の漫画を描きながら生き残ることができたのだ。

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碇本 学(ライター)
〔いかりもとまなぶ〕
1982年岡山県生まれ。東放学園専門学校デジタル映画科卒業後、フリーターをしながらライター業を開始。映画『リアル鬼ごっこ』のノベライズを担当、Amazonプライム・ビデオ配信ドラマ『東京ヴァンパイアホテル』エピソード8~10の脚本を共同執筆。
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