追悼 富岡多惠子  菅 木志雄「ここにいていいよ」と言われて55年。僕にとっては最高の人だった

菅 木志雄(現代美術家)/聞き手:島﨑今日子(ノンフィクションライター)
6~7月に小山登美夫ギャラリー六本木で開催された個展「ものでもなく場でもなく」会場にて
 作家の富岡多惠子さんが八十七歳で逝って、二ヵ月が過ぎようとしていた。梅雨入り直前の六月に、富岡さんと五十五年を共にした夫の現代美術家、菅木志雄さんを伊豆高原のアトリエに訪ねた。制作中の作品が点在する広い工房の一角に置かれたテーブルには、幾種類かのペットボトルのドリンクと饅頭が用意されていた。
(『中央公論』2023年9月号より抜粋)

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富岡多惠子〔とみおかたえこ〕
1935年大阪府生まれ。大阪女子大学卒業。詩、小説、評論、脚本など、活動は多岐にわたった。代表作に『波うつ土地』、『中勘助の恋』(読売文学賞)など。2023年4月8日死去。享年87。

 数年前から富岡の足腰がだいぶ弱ってきましてね。完全に老化だと思います。無理したら歩けるんだけれど、歩くのはつらそうで、無理に歩かせるのも可哀想だから、車椅子を買いました。去年の二月に、故郷の岩手の県立美術館で僕の展覧会があって、「私も行く」と言うので、一緒に連れて行ったんですね。そのときはもう歩くのも大変だったと思う。でも、歩きましたよね。岩手に二泊しましたけど、画廊の人たちが助けてくれて、それでなんとか行けたんです。

 美術館で僕がトークイベントをやるのを見てたんですけど、僕への質問があんまりよくないと、あとで「なんだ、あいつのインタビューはよくない」「ろくなこと聞かない、失礼な」と、文句を言ってるんですよ(笑)。でも、彼女は厭みがないからね。辛辣な言葉を使っても優しげですよ。今思えば、僕の展覧会を見るのは、それが最後でした。

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