『女王蜂』監督:市川崑 評者:吉田伊知郎【気まぐれ映画館】

吉田伊知郎
『女王蜂』監督:市川崑 出演:石坂浩二、岸惠子、司葉子、仲代達矢、高峰三枝子ほか

評者:吉田伊知郎(映画評論家・ライター)

 横溝正史原作の『犬神家の一族』は、映画とテレビをあわせて11回も映像化されている。特に石坂浩二が金田一耕助を演じた市川崑監督による1976年公開の映画は、原作ファンにも人気が高い。しかし、どんなに原作のイメージを損なわずに映画化しても、撮影時期の都合もあり、季節ばかりは原作通りとはいかない。

 原作は10月から12月にかけての物語だが、1976年版は6月から撮影が開始されたため、新緑が画面を彩る。これが陰惨な事件に明るさをもたらす。本作の人気には、原作との季節の違いも関係するのではないか。

 反対に、市川・石坂コンビによるシリーズ2作目『悪魔の手毬唄(てまりうた)』は、原作は真夏の事件だが、映画は真冬に撮影されたことで冬枯れの侘しさが物語と絶妙な調和を見せ、前作を超える完成度となった。ミステリ映画として傑出した市川の金田一シリーズは、四季折々の情感を映し出す連作でもあった。

 なかでも最も季節を感じさせるのは、4作目の『女王蜂』(1978)だろう。昭和27年、伊豆の月琴の里に暮らす大道寺智子(中井貴惠)は、19歳の誕生日に別居していた父の銀造(仲代達矢)が住む京都へ引き取られることになっていた。智子に深い愛情を注ぐ家庭教師の神尾秀子(岸惠子)は京都行きに反対する。時を同じくして智子に思いを寄せる男たちが次々と非業の死を遂げていく。

 原作は初夏の話だが、1977年11月に撮影を開始したため、季節の縛りを活かした「秋の映画」になっている。後半、舞台が京都へ移ってからは、紅葉の美しさに目を奪われる。智子の乗馬シーンに短いカットでインサートされる真っ赤に染まった落葉樹も素晴らしいが、野点(のだて)の場面は、紅葉と朱傘、緋毛氈(ひもうせん)の赤が画面に配置され、雅な時間を丹念に映し出す。ところが次の瞬間、抹茶を飲んだ智子の求婚者が血を吐いて絶命する。茶筅(ちゃんせん)に青酸カリが付着していたのだ。

 ミステリ映画の要は、日常のディテールを丁寧に描くことにある。細部が充実すればするほど事件が際立ち、その背景に思いを馳せられる。野点の美しくも残酷なシーンが忘れがたいのは、季節と茶会の描写に、殺人描写を上回る熱量がこめられているからだ。

 本作には協力監督として松林宗恵(しゅうえ)がクレジットされている。スケジュールの事情などからB班として一部を監督したためで、金田一が絡まない場面を中心に撮っている。松林の使用した台本の書き込みを確認してみると、紅葉、海、滝、峠、渓谷などのシーンを請け負っている。なお、B班のキャメラマンはノンクレジットながら、『八甲田山』を撮り終えたばかりの木村大作である。本作の自然描写がシリーズ屈指の美しさを持つ理由の一つかもしれない。

 市川の金田一シリーズが繰り返しの鑑賞に堪えるのは、上質なミステリ映画であると同時に、時代設定、美術へのこだわりによって、一本ごとに異なる季節を見事に描いているからでもある。秋が深まると、『女王蜂』がまた観たくなってくる。

(『中央公論』2023年11月号より)

中央公論 2023年11月号
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吉田伊知郎
映画評論家・ライター
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