清水大吾 ビジネス書ではなく、哲学書として読んでほしい【著者に聞く】

清水大吾
資本主義の中心で、資本主義を変える/NewsPicksパブリッシング

――資本主義の最前線である証券会社最大手のゴールドマン・サックスで長年活躍してこられた方が、資本主義を変えようと呼びかける本を出されたのが意外でした。なぜご執筆を?


 日本では是々非々で物事が決まらず、資本市場の規律が足りないという問題があり、その根本にある企業文化、社会の空気を変えたいと思ったからです。そのためには経営者だけでなく、全国津々浦々の人に問題提起する必要がある。従来の日本のやり方に違和感を持つ人が口に出して言いづらいことを、空気を読まずに代弁したつもりです。本書を多くの人に読んでいただければ、比較的容易に企業文化を変えることができるかもしれないと思っています。


――「モノ言う株主」こそ日本には必要だというご指摘も新鮮でした。


 全知全能な経営者に任せるのが理想ですが、権力を持つ人が腐ることは歴史が証明しています。そういう経営者に対する牽制機能を持つのが本来の「モノ言う株主」です。株主が経営者をしっかり監視し、時には寄り添うことで健全な緊張感が生まれます。

 しかし、日本では経営者と株主がともに、「あいつらは分かってない」と相互不信に陥っている。確かに短期的な利益目当ての株主もいますが、そもそも聞く耳を持っていない経営者に優良な株主が寄ってくるわけがない。負のスパイラルです。本書はそこから脱するための対話の手引書であり、すべての関係者の認識のベースを提供したつもりです。


――清水さんは日本企業が保有している「政策保有株式」が健全な競争を妨げるとして、その解消に取り組んでこられました。現状はいかがですか。


 もし僕が20年前にこの本を書いていたら、おそらくいろいろな企業から出入り禁止にされていたでしょう(笑)。政策保有株式について切り込むことはそれほどのタブーでした。それが2015年に「コーポレートガバナンス・コード」ができて以来、状況が変わりました。是々非々の議論が深まり、解消に向けた機運は高まりつつあると思います。


――昨今、「資本主義の終焉」という言葉を見かけることが増えました。


 競争のない社会が不健全であることは歴史が証明しています。であれば競争がある資本主義というシステムの方がいいと僕は思っていますが、今の資本主義は見直しが必要でしょう。そもそも、利益の概念自体が大きく変わってきている。例えば本書では、「Return on Earth(地球利益率)」という概念を提示しましたが、事業が環境や社会に与える負荷をコストとして計上したうえで利益を算出することが、今後は当たり前になると思います。こうした変化は大きく、令和維新のようなものだと僕は言っています。


――日本にはまだ可能性がありますか。


 インドなどの人口の増える国にリソースを投下するのが外国資本の考え方です。それでも日本は政治的に安定していて、国民の教育水準も高いので、ポテンシャルは十分にある。別に米国のような資本主義を目指す必要はありません。利他の心や三方良しという考えをベースに置きながらも、是々非々で物事が決まる規律さえあれば、持続可能な資本主義の先駆的なモデルを日本から打ち出せると思います。


――成果を出しながら、それでも資本主義を変えようと闘い続けることができた秘訣は何でしょうか。


 ブレずに、したたかにいられたことが大きいです。阪神・淡路大震災や9・11米国同時多発テロを間近に経験し、命に限りがあることを思い知ったからでしょうか。人生の終わりから逆算する視点を持つと、ブレないんです。ブレている暇がない。(笑)

 そして、運と周囲の人にも恵まれました。笑われてもいいから、とにかく口に出して言い続けることは仲間をつくるうえで大事です。今は「資本主義を変えた人として、ノーベル平和賞を頂く」と言っています。本書は単なる実務書やビジネス書ではなく、読んだ人が明日行動しようと一歩を踏み出すための哲学書だと思っています。

(『中央公論』2023年12月号より)

中央公論 2023年12月号
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清水大吾
〔しみずだいご〕
1975年愛媛県生まれ。京都大学大学院を修了後、日興ソロモン・スミス・バーニー証券(現シティグループ証券)に入社。2007年にゴールドマン・サックス証券に入社し、16年からグローバル・マーケッツ部門株式営業本部業務推進部長(SDGs/ESG担当)。23年、同社を退職。
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