『琥珀の夢で酔いましょう』村野真朱(原作)、依田温(作画)、杉村啓(監修) 評者:三木那由他【このマンガもすごい!】
評者:三木那由他(大阪大学大学院講師)
『琥珀の夢で酔いましょう』は、クラフトビール漫画というなかなか珍しい作品だ。広告代理店で働く派遣社員の剣崎七菜(けんざきなな)は、優れた仕事をしながらも派遣社員であるがゆえにその成果は周囲からまともに認められていない。そんな状況に苛立ったある日、京都の奥まった路地にある「創作料理白熊」というお店を訪れる。隙間風が入りひと気のない店内には、店主の野波隆一(のなみりゅういち)とカメラマンの芦刈鉄雄(あしがりてつお)がいた。隆一の勧めでクラフトビールを飲んだ七菜は、その魅力を知り、さらにクラフトビールに合わせて料理を選ぶペアリングの楽しさに惹かれるようになる。これがきっかけとなって、七菜と鉄雄は「白熊」の経営相談に乗ることになり、「白熊」はクラフトビール専門店としての道を歩み始める。
本作の第一のテーマは、何といってもクラフトビールだ。作中では、実在の醸造所の実在の銘柄が次々と登場し、登場人物が見事にその美味しさを言語化してくれるので、ページをめくるごとに飲んでみたいビールが増えていく。ラガーとエールの違いもわかっていなかった私だが(作中で説明してくれます)、いまや買い物に行くたびに「まだ飲んでいないクラフトビールが見つからないかな」とビールコーナーをうろつくようになってしまった。しかもペアリングを重要視する本作では、「このビールはこういう特徴だからこんな料理が合うはず」という提案もしてくれるものだから、自然と食事のほうにもこだわりたくなって、日々の食卓が楽しくなる。
他方で、本作にはもうひとつ、「自由」という非常に重要なテーマもある。これは第1話から予告されているものの、本格的には3巻から追求されるようになる。女性である七菜にとって、ビールを飲める場所は必ずしも自由な場所ではなかった。そこには常にマンスプレイニング(男性が女性を無知だと決めつけ、求められてもいない説明を上から目線ですること)やハラスメントの可能性があるのだ。それを知っているからこそ、七菜は「白熊」で自由を目指す。
その自由は、決して放任ではない。むしろ「〝不自由〟に一つ一つ気づいてそれに苦しむ人が解放されてはじめて〝自由〟って言えるのかも」(3巻)という台詞もあるように、これまで自由でいられなかったひとたちの不自由を意識化し、それを解消していこうという意志のもとで初めて実現されるようなものである。本作では、当たり前のお酒の席では自由でいられないたくさんの人々が登場する。女性、在日コリアン、フェミニンな男性、同性カップル、自閉症者、ポリアモリー(複数恋愛)の3人組、などなど。ビールが苦手で普通のお酒の席は避けがちなひとが来店したときの七菜の熱のこもった笑顔も印象的だ。
日常のお酒の場が決して自由な空間にならないひとたちがいる。そんなひとにこそ本作を読んでもらいたい。私たちが目指すべき自由が、本作では追求されている。
(『中央公論』2024年2月号より)