【新書大賞2024特別企画】為末 大 僕が読んできた本と競技に役立った「無」の考え方

為末 大(Deportare Partners代表)
為末 大氏
 400メートルハードルの日本記録保持者で、「走る哲学者」の為末大氏が、新書を含め印象に残った読書体験を振り返った。
(『中央公論』2024年3月号より抜粋)
目次
  1. 現場がある、そして本を読む
  2. 競技者の到達点としての「無作為」

現場がある、そして本を読む

――新書にどんなイメージを持っていますか。


 僕は新書とそれ以外の本をあまり区別していません。判型が大きいか小さいかだけ。新書はさっと手に取って、すぐに読める本というくらいのイメージですね。例えば、気合いがいるような分厚い単行本を読んだ後に、新書を何冊か読む、みたいなことが多い。1時間動画か15分動画か、くらいの感覚ですかね。

 あとは、気になっているテーマを理解するために新書を選ぶこともあります。いまは陰謀論に興味があるので、『ネット右翼になった父』(鈴木大介、講談社現代新書)が面白そうだな、とか。


――本を選ぶ基準は。


 陸上を始めてからはずっと競技の本ばかり読んでいました。競技人生の前半は運動力学やバイオメカニクス(動作解析)、生理学とかです。後半になってくると、自分の心が競技に大きく影響することがわかったので、「心とはなんだろう?」と考え、鈴木大拙などを読んでいました。あるとき認知科学の本を読み始めると、デカルトが引用されていたので、哲学も勉強しなければいけなくなった。『サブリミナル・マインド』(下條信輔、中公新書)を読んで、生理学者ベンジャミン・リベットの『マインド・タイム』(岩波文庫)を知り、その流れで、下條先生が参加すると聞いて神経学会に行ったこともあります。引退してからも10年くらいは、そのあたりの本を網羅的に読んでいました。

 テーマ別に言うと、僕は広島県出身で祖母が被爆者ということもあって、戦争周辺のことに関心があります。戦争には人間のいろいろな意思決定が表れるので、そういうものもよく読んでいます。山本七平『「空気」の研究』(文春文庫)や『日本海軍400時間の証言』(NHKスペシャル取材班、新潮文庫)はすごく面白かった。

 最近のウクライナ戦争や中東危機については、歴史を知らないとわからないので、ヨーロッパの歴史や文化の本を読んでいます。

 こうやって芋づる式に辿っていくと、すべてのジャンルの本を読まなければならなくなりますが。(笑)


――競技者であることと本を読んで考えることはどう繫がっていますか。


 僕の人生をわかりやすく言うと、小学3年生のときに地域の陸上部に入ったことと、学校の木曜日のクラブ活動で読書部に入ったことが大きかった。いま考えると、走ることで体で考える、本を読むことで言葉で考える、この二つだったと思います。

 スポーツでは、直感的にわかっているけれど、うまく説明できないことがある。とはいえ、直感的にわかる世界は怪しげでもある。

 一方で、ロジックを積み上げていく世界がある。選手の中でも早い段階で理論に頼って理解しようとする人がいますが、そうすると頭が先走って「こうなるはずだ」と理屈に引っ張られていくこともある。「現場がある、そして本を読む」、この二つが大事だと思います。

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