【新書大賞2024特別企画】為末 大 僕が読んできた本と競技に役立った「無」の考え方

為末 大(Deportare Partners代表)

競技者の到達点としての「無作為」

――昨年刊行された新書で印象に残っている本を挙げていただけますか。


『言語の本質』(今井むつみ・秋田喜美、中公新書)は、時間をかけて読みました。言語と身体の関係に関心があるので、今井先生の本は『学びとは何か』(岩波新書)を手始めに、すべて読んでいます。

『言語の本質』では記号接地問題とオノマトペについて探究されています。面白かったのは、large(大きい)とlittle(小さい)を発音するときの口の形が、だいたいどの言語でも相関関係があること。largeと言うときは口を大きく開け、littleは口を小さくする。つまり、身体的なものから言葉が生み出されているのではないか、という仮説です。最後に書かれていたアブダクション推論(仮説形成)も興味深く読みました。

 また、『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)の著者である土井善晴先生と対談をしたときに、「先生がおっしゃっていることを理解するには何を読んだらいいですか?」とお聞きしたら「民藝を読んでください」と言われて、柳宗悦の『民藝とは何か』(講談社学術文庫)を読みました。これも印象に残っています。

 特に民藝の中核にある「無作為」という考え方に惹かれました。「こうしてやろう」と意図を込めずに、ただただ技能に体を任せてできたもの、作者が消えたもの、つまり無名のものがいいとの考え方です。

 競技者の最終的な到達点では、「こう走ろう」と考える「私」が邪魔になります。我を忘れているときが一番動きが洗練されていて、「こうしよう」と思うと動きが滞ってしまう。近代の自意識の中で自分を消すのは難しいけれど、そこに到達したいと目指す。そのときに日本の「無」の考え方や「日本的な何か」に興味を持ちました。その意味で民藝の視点は理解できました。


(続きは『中央公論』2024年3月号で)


構成:戸矢晃一

中央公論 2024年3月号
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為末 大(Deportare Partners代表)
〔ためすえだい〕
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2024年1月現在)。現在はスポーツ事業を行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論』では、人間の熟達について探求。『諦める力』『Winning Alone』など著書多数。
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