北村 滋 内部からの視点を重視した外事警察史【著者に聞く】

――本書は外国勢力によるテロやスパイ活動などを取り締まる外事警察の実相を、当事者の視点から描いた本です。なぜ今この本を書こうと思いましたか。
約20年もの間、外事警察、そしてインテリジェンスに関わる業務に携わってきました。私が関わった事件の中には歴史的に重要なものもあるので、自らの視点で記録を残しておきたかった。また、安全保障やインテリジェンス機構の改革はまだ道半ばだと思っており、次の世代に経験を共有したいという思いもありました。
――機密保持が特に厳格な仕事だと思いますが、本書には書けずに墓場まで持っていく話もあるのでしょうか。
あるでしょうね。そもそも機微な素材で、書く際はさまざまな法令や職業倫理、公開情報などに照らして、かなり神経を使いました。読む人によっては過去の事件ばかりで迫力不足と思うかもしれません。ただ、取り上げた事件が多岐にわたるので、その歴史的背景を知るうちに平成の歴史の流れを追えるような本にもなっていると思います。安全保障環境の変化などにページを割いて、巻末に年表も入れたのもそうしたねらいからです。
――刊行後の反響はいかがですか。
好意的な反応が多いですよ。ただ、筆者の情感が入りすぎていて、叙情的だという感想ももらいました。こうした書き方には理由があって、10年ほど前に「外事警察史素描」という論文を書いたのですが、それはいわば外から見た外事警察の歴史です。逆に本書は内部からの視点を重視して書きました。なかなか国民の理解を得にくい業務でもあるので、内部にいる職員が何を考えてどう動いているのかを少しでも知ってもらえたら、というのも本書を書いた理由の一つですね。
――ロシアによるウクライナやアメリカへの工作などは、最近日本でも知られるようになりましたが、外国から日本への工作は今もあるのでしょうか。
工作は常にあります。あると思っていた方がいいし、気を抜いていたらいくらでもつけこまれます。本書の第11章に書いた李春光の事件が最たる例です。彼の政界工作は副大臣にまで及んでいました。今はテクノロジーの発達でさらに巧妙になってきています。
――北村さんが取り組んだ仕事の中で一番印象に残っているものは何ですか。
やはり、特定秘密保護法の成立に関わったことですね。それまでは、一職員として将棋の駒のような立ち位置でしたが、そのときは自分の職を賭して奔走しましたから。
――日本のインテリジェンスに課題はありますか。
一つは、情報の統合機能を強くすることです。国家安全保障局は、出来上がった情報を整理統合して政策決定につなげてはいますが、自ら詳細な分析をするところまでは手が回っていません。内閣情報調査室の機能を強化する必要があります。もう一つは対外情報機能を強くすること。官邸に国際テロ情報収集ユニット(CTU-J)というテロに特化した組織がありますが、その対象を大量破壊兵器の不拡散や経済安全保障の分野に広げていくことも考えられます。
――長年、国に仕えてこられましたが、最近は官僚志望の学生が減っていると言われます。公務員の醍醐味は。
国に尽くすということは希少な経験ですよね。40年働いてつまらないとか辞めたいと思ったことは一度もありません。官僚志望者が減っているのは官民の待遇格差が開きすぎたからでしょう。それに役人は叩かれすぎました。肝臓と一緒で役人は「物言わぬ」器官なんです。駄目になったと気づいたときは「もう手遅れ」となりかねません。
――今後書きたいテーマはありますか。
退官後の2021年9月以降、『情報と国家』『経済安全保障』と合わせて3冊の本を出しました。いずれも装幀は、私の友人である故・黒田寛さんの作品を基にしており、本書のカバー写真の「東京タワー」も彼が撮影したものです。色も3作で青、赤、黄と原色が揃いましたので、今はひとまずやり切ったと感じています。
(『中央公論』2024年3月号より)