『〈声なき声〉のジャーナリズム──マイノリティの意見をいかに掬い上げるか』田中 瑛著 評者:荻上チキ【新刊この一冊】

田中 瑛/評者:荻上チキ(評論家)
〈声なき声〉のジャーナリズム──マイノリティの意見をいかに掬い上げるか/慶應義塾大学出版会

評者:荻上チキ(評論家)

 ここ数十年、インターネット普及後の社会情勢を語る際には、「分断」「分極化」「棲み分け」といった語彙が欠かせなくなっている。「ネット上の集合知によって世界が進歩を加速する」というインターネット楽観主義は、今はほとんど見られない。SNSファーストの現在、「再部族化」と集団間対立が続き、象徴的な代表同士の調整的対話がますます困難に見える。

 しかし皮肉なことに、どの立場の集団であっても、次のような意見には同調している。すなわち、メディアは自分のような人の声を公正に伝えていない、と。

 2000年代までのメディア・リテラシー論には、定番の着地点があった。マスメディアという権力に批判的視座を持ち、オルタナティブな発信や繋がりを構築しようと呼びかけるものだ。だがこうしたカウンター意識は、「マスコミは事実を伝えない」「偏っている」などの信念と結びつき、排外主義や陰謀論とも、冷笑主義や消費扇動とも結びつきうる。

『〈声なき声〉のジャーナリズム』は、現代のメディア環境に、「真正性(オーセンティシティ)」という串を刺して読み解いていく。真正性。「本物らしく見える」という意味合いを持つこの言葉は、送り手と受け手の相互作用を読み解くために有用なものだ。

 これまでメディアを語る際に用いられてきた、ハイパーリアリティ、シミュラークル、ポストトゥルース、オルトファクトといった言葉たち。そこにはメディアで構築された、現実そのものとは異なる記号群といった意味付けがあった。対して真正性という概念は、情報によって欠落を埋め合わせたいという人々の欲望と、それに呼応するメディアとの関わりに着目している。

 本書は、「真相深入り!虎ノ門ニュース」「ハートネットTV」「クィア・アイ」など、毛色の異なる番組を対象に、メディアがどのように真正性を作り上げるのかを分析する。既存メディアは私たちの声を掬い取ってくれないが、このメディアやインフルエンサーだけは「声なき声」を肯定してくれる。そんな真正性の希求に応じることで、各メディアはコアな信頼を獲得してみせようとする。

 自分に、そして自分たちにとって信頼できる媒体。このような感覚が、アカデミアの追求する「確からしさ」や、ジャーナリズムが重んじてきた「事実」と一致しないこともある。真正性を無視したジャーナリズムは浸透しないが、ジャーナリズムを欠いた真正性は危険でもある。

 SNS上で、記事と関係ない親しみでフォローを集める記者もいれば、「自分たちだけはわかっている」として他媒体の否定を扇動するチャンネルもある。「タブーに切り込む」「本音で語る」というそぶりで注目を集める媒体もあれば、ソフトな語り口とわかりやすさで、確からしくなくとも支持を集めるインフルエンサーもいる。共感と信頼の争奪戦に着目し、俯瞰的に捉え、自らの実践を振り返るという行為は、送り手にも受け手にも有意義だろう。

 このように本書は、従来のメディア語りを発展的に引き継ぎ、ジャーナリズムやメディア読解の重要な手がかりを提供する。私もラジオで毎日ニュース番組に携わっているが、真正性をめぐる戦略や受容について、ゆっくり自己分析してみたくなった。


(『中央公論』2024年9月号より)

田中 瑛/評者:荻上チキ(評論家)
【著者】
◆田中 瑛〔たなかあきら〕
1993年生まれ。実践女子大学人間社会学部専任講師。慶應義塾大学経済学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。日本学術振興会特別研究員(DC1)などを経て、2024年より現職。

【評者】
◆荻上チキ〔おぎうえちき〕
1981年兵庫県生まれ。NPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表、一般社団法人「社会調査支援機構チキラボ」所長。TBSラジオ「荻上チキ・ Session」パーソナリティ。著書に『いじめを生む教室』など。
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