『ふつうの軽音部』 クワハリ原作、出内テツオ漫画 評者:三木那由他【このマンガもすごい!】
評者:三木那由他(大阪大学大学院人文学研究科講師)
最近とあるバンドにはまっている。a flood of circle(ア・フラッド・オブ・サークル)というバンドだ。暇を見てはiTunes Storeでアルバムをダウンロードし、気がついたらふた月ほどでアルバムを七つも購入していた。
私はもともとあまり音楽を聞くほうではない。音楽を聞きながら仕事や読書をするというのが苦手なのもあるし、イヤホンやヘッドホンが疲れやすいというのもある。そもそも大きな音があまり得意ではない。
そんな私がなぜa flood of circleにいきなりはまったのか。きっかけは「少年ジャンプ+(プラス)」でウェブ連載している『ふつうの軽音部』だった。
『ふつうの軽音部』は、そのタイトルの通りふつうの高校のふつうの軽音部の物語だ。主人公の鳩野(はとの)ちひろは高校入学前日にギターを買ったばかりで、特に優れたギターの才能を秘めたりもしていない。新入生歓迎会での先輩たちのライブは内輪でしか盛り上がらないし、部員は廊下でだらだらとおしゃべりをしながら練習をし、部員間での恋愛で人間関係がややこしくなることもある。プロを目指すひともほぼいない。
それにもかかわらず、いや、それこそが面白いというのが本作のすごいところだ。そんなに盛り上がっているわけでもない先輩たちのバンドに、それでも鳩野はかっこよさを感じる。優れた才能があるわけではなくても、ギターを弾くのは楽しいし、上手くなりたくて路上での弾き語りに繰り出す。人間関係だって、俯瞰して見ればたいしてドラマチックなものでもなかったとしても、本人たちにとっては人生に関わる一大事だ。コンプレックスだった歌声を褒められるという些細な出来事が、どれだけ救いになるだろう。
『ふつうの軽音部』は、こうしたドラマチックではないけれども大切な日常の出来事を、きらめくように描き出す。ふつうの軽音部のふつうの子たちの物語であるがゆえに、自分が中学生や高校生だったころに世界がどんなふうに見えていたか、ちょっとした会話や行動にどれだけ精いっぱいになっていたかを追体験させてくれる。私がa flood of circleに興味を持ったのも、作中での演奏シーンが、あまりにきらきらと輝いていたからだった。ひとの少ない公園で、アンプにもつないでいないエレキギターを手に鳩野が弾き語りをしているだけなのだが、その一瞬があまりにも鮮烈だったのだ。
部員が多種多様なのも面白い。性的マイノリティの子もいるし、やけにいろいろな企みを持つ不思議な子も、ネットミーム文化が大好きな子も、全体的にゆるい軽音部にあって場違いなくらい演奏が上手な子もいる。
それが「ふつう」なのだろう。ふつうのひとはとてつもない才能を秘めてはいないし、世界を揺るがすような存在にもならないし、大きな注目を集めることも滅多にない。でもその日常を子細に見れば、そこには確かにそれぞれまったく違うさまざまなひとが生きているし、きらめくような瞬間がある。「ふつう」はこんなにも面白いのだ。
(『中央公論』2024年10月号より)