黒川博行×後藤正治「司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平......時代を築いた昭和の作家たち」
静謐(せいひつ)の人、藤沢周平
黒川 後藤さんの『文品』、読みました。労作ですね。よくぞあれだけ読んで、丁寧に書きはった。本当に好きやないとできん。後藤さんの文章と藤沢周平の文章は似てる。静謐です。上質で、品がいい。
藤沢周平という人はむちゃくちゃ文章が巧い人で、セリフも上手、小説家としては申し分のない人です。後藤さんもそういうところがあって、ノンフィクションでありながら、ああいった文章を書き続けられたということは認めております。たいしたもんです。
後藤 藤沢さんの文章と似ていると言われたのは、最大級の褒め言葉で、恥ずかしい限りです。
『文品』のような本を書いたのにはいくつか理由があって、ノンフィクション屋として長くやってきましたが、高齢の母と難病の妻を介護することになり動きにくくなって、その中でも何かできることないかなと考えたんです。一度は文芸批評のようなものをしたかったこともあり、やるとすれば、長く読んできた藤沢さんを素人なりに書いてみたいという気持ちがありました。
連載を始めるにあたり、未読の作品もあったので、全集で全部読んだんですけど、不思議な感覚を覚えましてね。「森林浴」という言葉があるでしょう。森の中で気分がよくなる。ああいう感触。藤沢さんの初期の作品は暗くて重たいんだけど、それらも含めて心地よいものを覚えたというのがありますね。
文章力もさることながら、結局藤沢さんが持っている文学的なもの、人生観、世界観に共鳴するところがあるんですね。藤沢作品の舞台は江戸時代だけど、描いているのは人間の普遍性。そのことを文芸批評として、描いてみたかった。
黒川さんが初めて読んだ藤沢作品は?
黒川 たしかオール讀物新人賞をとった「溟(くら)い海」。あれを読んだとき、ビックリしましたよ。もともと直木賞とかいろんな文芸賞の作品を好きで読んでいたんですが、「溟い海」はオール讀物新人賞の歴代受賞作の中でも最高ですね。めちゃくちゃ巧い。こんなにレベルの高い新人賞受賞作ってあるのかと思いました。そのあとすぐに「暗殺の年輪」で直木賞をとりましたよね。だから端(はな)から巧すぎるんですよ。文章も、セリフも、情景描写もすべて巧い。あんな若いうちからあんなものが書けるのは、持って生まれたものとしか言いようがない。天性のものでしょうね。
後藤 「溟い海」の主人公は葛飾北斎。大家になって表現が息詰まる画家とその老いがテーマで、地味な作品ですよね。黒川さんはどう読みましたか。
黒川 とにかく巧い。地味なのでいわゆるおもしろさはないかもしれないけど、でも巧い。これが小説というもののレベルなのかと感じましたね。まだ20代の頃だから偉そうなことは言えなかったけど、でも当時の僕にも別格だと分かった。
後藤 藤沢さんがデビュー前に書いた「木地師宗吉(きじしそうきち)」を読んでいてもビックリするのが、本当に当時から完璧なんですね。