黒川博行×後藤正治「司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平......時代を築いた昭和の作家たち」
歴史・時代小説の三巨頭
後藤 黒川さんの麻雀仲間で、藤原伊織(ふじわらいおり)さんと仲良かったでしょ。僕も藤原さんの作品が好きで、『シリウスの道』は10回ぐらい読んだかな。何が好きかというと、叙情的でかつ抑制が利いているという点です。叙情と抑制というのは藤沢さんと重なるように思います。
黒川 イオリンは基本、純文学の人なんですよ。たしかに叙情なんです。藤沢周平も叙情の人。
同じ昭和の作家で言えば、司馬遼太郎は腕力、池波正太郎は洒脱。司馬遼太郎はとにかく腕力で読者を引きつける力がある。真似しようとしてもできん。
あの三人は執筆量でも人気度でも似ています。でも純文学的な資質で言えば、藤沢周平ですね。
読者を楽しませようという意志、それは三人ともあるけど、司馬や池波なんかはそれが前に出ている。でも、藤沢はそこまで考えてたかな、という気はしますね。自分の小説からくみ取ってくださいという感じやったんやないかな。
後藤 いま挙がった三人はいずれも好きな作家なんですけど、持ち味がそれぞれ違いますよね。池波さんは今日読んで、明日には忘れてしまうというかな。(笑)
黒川 そう、そう。(笑)
後藤 『鬼平犯科帳』なんか特にそうなんだけど、それでもとにかく今晩は楽しませてくれる。小説職人的な書き手だった。
司馬さんからも影響を受けたし、楽しませてもらって、司馬遼太郎賞の選考委員もしているんで口幅ったいんだけど、国民的作家とも言われるぐらいで、やっぱり読んでいて圧倒的におもしろい。
黒川 とにかくおもしろい。とてもおもしろい。逆に池波はほとんど読んでない。江戸だけやないやろ、浪速(なにわ)もあるやんけ、と思ってしまう。(笑)
後藤 黒川さんが司馬さんの中でベストを挙げるとすればどれ?
黒川 『新選組血風録』かな。ド派手なんが好き。あとは『燃えよ剣』とかね。後藤さんとはたぶん違うんちゃうかな。
後藤 うん、違うね。僕は『新選組血風録』はやや苦手。『梟(ふくろう)の城』は入れたいですね。
黒川 『坂の上の雲』とかは。
後藤 ちょっと抵抗あるなあ。薩摩の西郷隆盛と大久保利通を描いた『翔ぶが如く』は名作だと思いますね。長岡藩の家老を描いた『峠』もいいですね。
戦国時代とか幕末維新とか、日本史のなかでおもしろいところってあるじゃないですか。司馬さんがその一番おいしいところをおおむね書いてしまった。その後の世代の歴史小説家はその残りを書いている。
黒川 分かる。司馬遼太郎がおもしろく書きすぎてしまった。だから、その後の世代が同じように書けない。司馬が書いている人物には噓があるんですけど、でも「噓でもおもしろければええやろ」って感じるところがある。だからとにかく腕力。その腕力に他の作家が抗しきれへん。あまりに大きすぎる存在。
後藤 ある研究者によれば、司馬さんが書いたように坂本龍馬が薩長同盟の立役者というのは史実的には成立しにくいようです。それはそれで、お話として楽しませてくれたならいいとは思いますが。
黒川 司馬史観なんて言うけど、彼もほんまかなと分かって書いているところはあったでしょう。
後藤 藤沢さんの歴史小説に、上杉景勝と直江兼続を書いた『密謀』という作品があって、景勝と兼続は司馬さんも『関ヶ原』で書いていますけど、トーンが違うんですね。
藤沢さんは歴史上のはっきりしない史実に対しては禁欲的というか。豊臣秀吉と景勝が最初に出会ったのは越後と越中の間にある越水(こしみず)城と言われているけれども、藤沢さんが調べた限りではそれを裏付けるものはない、と。だから書かなかった。一方で、忍者が出てくるような創作部分は楽しく自由に書いてるんですが、藤沢さんの歴史小説はあくまで禁欲的。
明智光秀についても司馬さんは『国盗り物語』、藤沢さんは『逆軍の旗』で書いていますが、人物像は異質です。史実的には光秀というのはよくわからない。でももっとも光秀の内面に肉薄したのは、藤沢さんのような気がしますね。『逆軍の旗』の光秀は織田信長を倒した時点で精根尽き果て、その後、天下人となるのはあまり頭になかったように書かれている。人間って案外そんなものじゃないかなと思う。納得できる部分がある。
黒川 だから三巨頭なんや。司馬、藤沢、池波で。ほかに時代小説で誰かいるかと聞かれたら、ぱっと出てこない。います?
後藤 浮かばないですねえ。なぜ三人のような小説家が現れなくなったかというと、小説が消費されるスピードが非常に速くなってることがあると思う。一人の作家の作品が長い間ゆるやかに読み継がれて大家になっていくというのは、もう今の時代では難しいのかもしれませんね。
(『中央公論』5月号ではこの後も、黒川氏が親交の深かった色川武大、伊集院静、藤原伊織の各氏など時代を彩った作家について、また昨年大阪で行われた「なにげに文士劇」の裏話など、両大家が語り尽くす。)
撮影:霜越春樹
1949年愛媛県生まれ。「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、『破門』で直木三十五賞。日本ミステリー文学大賞。『悪逆』で吉川英治文学賞を受賞。昨年、作家生活40周年を記念したエッセイ集『そらそうや』を刊行。
◆後藤正治〔ごとうまさはる〕
1946年京都市生まれ。『遠いリング』で講談社ノンフィクション賞、『リターンマッチ』で大宅壮一ノンフィクション賞、『清冽』で桑原武夫学芸賞を受賞。近著に『天人』『奇蹟の画家』『拗ね者たらん』『クロスロードの記憶』『後藤正治ノンフィクション集』など。新刊に『文品——藤沢周平への旅』がある。