『議会制民主主義という神話─イギリス近代史の真実』君塚直隆著 評者:櫻田 淳【新刊この一冊】

君塚直隆/評者:櫻田 淳(東洋学園大学教授)
議会制民主主義という神話─イギリス近代史の真実/筑摩選書

評者:櫻田 淳(東洋学園大学教授)

 平成初頭以降、日本政治の一つの課題として模索されたのは、「政権交代可能な二大政党制度」の樹立であった。その模索が念頭に置いたのは、ウェストミンスター・システムと称される英国由来の議会制民主主義の有り様であった。明治以降でも平成初頭でも、英国政治は日本政治にとって「倣うべき範」として語られた。 

 本書は、 特に19世紀中葉、ベンジャミン・ディズレーリとウィリアム・グラッドストンがそれぞれ保守党と自由党を率いて対峙した「奇蹟の10年間」を軸にして、13世紀から現在に至る英国の議会制民主主義の永き軌跡を叙述したものである。 

 書中、強調されるのは、「議会制」と「民主主義」の因縁深い関係である。「議会制」は元来、王権からの国民の自由と権利を担保する枠組みであったけれども、フランス革命や産業革命を経た19世紀初頭以降、民衆からの様々な政治参加の要求に直面することになる。1830年代以降、累次に渉る選挙法改正は、「民主主義」の論理が「議会制」を侵食することを意味していたのである。 

 ディズレーリやグラッドストンもまた、彼らの時代の社会政策展開が民衆の政治参加を下支えするものになったとはいえ、「民主主義」の拡張それ自体には関心を持たなかった。ディズレーリやグラッドストンが対峙した時代をハイライトとして語られる議会制民主主義は、政治家の思惑と民衆の期待と誤解、そして時代の偶然が反映された「神話」である。結局のところは、「議会制」と「民主主義」の両立は、それ自体が至難の業なのである。そして、「大衆民主主義」の様相が定着した20世紀を経て、21世紀に入って欧州連合離脱に揺れた英国政治の風景は、「倣うべき範」としての英国の議会制民主主義の困難を象徴的に物語っている。 

 故に、書中、議会制民主主義の困難を克服する文脈で説かれるのは、「統治という『領分』」への意識に裏付けられた「精神的な貴族」の登場である。民主主義体制の下での議会が実質上、アレクシス・ド・トクヴィルの言葉にある「富裕になりたい大多数の人々」の欲求に応え、様々な便益の誘導や分配を図る枠組みになっている以上、私利私欲を超えて統治を担う「名誉を願い国家を指導しようと目指している若干の人々」 の意識や立場を支える社会上の合意が必要になる。 

 こうした提案は、日本のように民主主義と平等主義を混同する理解が定着した社会では受け容れ難いところがあるかもしれないけれども、それでも絶えず議論の対象とされるべきであるのは間違いない。どのような政治制度であれ、それを上手く機能させるのは、人々の意識や見識であるからである。 

 現今、日本における「政権交代可能な二大政党制度」樹立への模索は、既に頓挫した感がある。また海外に眼を転ずれば、民主主義体制それ自体の「後退」を指摘する声は、様々に聞かれる。本書は、平成初頭の「政治改革」の熱気の中で刊行されていたならば、その熱気の冷却を説く書として間違いなく反響を呼んでいたであろうし、実際に刊行された現今でも「民主主義の難しさ」を確認させる書の一つとして相当の意義を持つものになっている。その意味では、本書は「時代を超越できる」書である。


(『中央公論』2026年4月号より)

中央公論 2026年4月号
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君塚直隆/評者:櫻田 淳(東洋学園大学教授)
【著者】
◆君塚直隆〔きみづかなおたか〕
1967年東京都生まれ。駒澤大学教授。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。専門はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。『物語イギリスの歴史』『立憲君主制の現在』(サントリー学芸賞)、『エリザベス女王増補版』など著書多数。

【評者】
◆櫻田 淳〔さくらだじゅん〕
1965年宮城県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士前期課程修了。愛知和男衆議院議員の政策担当秘書などを経て現職。著書に『国家への意志』『「常識」としての保守主義』などがある。
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