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問芝志保 なぜ御先祖様を崇拝するのか

近代日本の墓と弔い
問芝志保(日本学術振興会特別研究員PD)

伝統になった祖先崇拝

 西洋諸国に向けて表明された「先祖を祀る国民」というアイデンティティは、ひるがえって日本国内でも喧伝される。

 日露戦争後、財政の悪化や農村の疲弊を背景に、社会運動が活発化し、西洋から輸入された実利主義・個人主義、あるいは社会主義や自然主義といった思想の台頭が不健全・危険として問題視されるなか、日本民族固有の国民道徳を広く教育する重要性が叫ばれた時代のことである。

 大学教授や知識人たちは改めて「日本とはどんな国か」を考え、万世一系の天皇制と国民の忠孝、国史、島国で森林が多く四季があること、稲作文化、神道・武士道・家族制度・祖先崇拝といった精神性を日本の独自性や固有性として見出した。そして、それらを総合した国民道徳が提唱され、祖先崇拝をその重要な基盤の一つに位置づけたのである。こうして明治後期以降、学校教育のなかで先祖の祀りや墓参りが励行されるようになった。たとえば1910年に文部省が国定教科書として刊行した『高等小学修身書 新制第三学年用』には「祖先」の章が設けられている。

「血統を重んじ、祖先を崇拝するは我が国の美風なり」などとあり、祖先崇拝は国風であり自然な感情にもとづくため、各自の信じる宗教が何であれ重んずるべき、また毎年の定例行事としての祭祀は祖先への崇敬の念と孝順の心を養う「極めて大切なる習慣」だと述べられている。

 なぜ先祖を祀らなければならないのかと生徒に問われたら、学校教育の場でまさか、先祖の冥福を祈るためとか、加護を祈るため、供養しなければ先祖に祟られるためなどとは答えられない。国風・美風だから、大切な習慣だから、そして親や先祖への孝行の念を培うために行うのが、文明国にふさわしい祖先崇拝だと考えられたのであろう。

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