シミュレーション 中国の戦闘機が飛び交う日

勝股秀通(読売新聞編集委員)

◆シナリオ1 中国潜水艦の脅威

 二〇XX年X月。海上自衛隊の潜水艦「せいりゅう」は、中国海軍東海艦隊の太平洋進出に備え、数日前から監視体制に入っていた。東シナ海から沖縄・南西諸島を抜けて西太平洋に進出する中国海軍の行動は常態化しており、監視する海自艦への挑発行為も回を重ねるごとに激しさを増していた。

〈ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦とルーフー級駆逐艦の二隻が接近中。予想される針路は沖縄本島と宮古島の間の宮古水道〉│。硫黄島基地を離陸し、東シナ海で監視飛行を続ける航空自衛隊の無人偵察機(UAV)からの情報だ。

 沖縄トラフ。水深一五〇メートル。せいりゅうの発令所。

「ソナーコンタクト(目標探知)。右三〇度。距離四〇〇〇(ヤード)。続いて右四〇度、距離六〇〇〇に第二目標。両目標とも速力一二ノット」

「了解。艦種を特定できるか」

「音紋解析中です。少し待って......、艦長! 艦尾方向にスクリュー音あり」

 せいりゅう艦長は、水中の音源を探知、識別するソナー員の報告に耳を疑った。

「なに! 艦尾方向だと......。解析を急げ」

 潜水艦にとって後方の探知は盲点だ。自らが発するスクリュー音で水中の音源がかき消されてしまうからだ。潜航中にはバッフル・チェックと呼ばれる急回頭を実施し、後方を何度も確認してきたはずだが......。

「艦長、新たな目標は一軸推進。左一七〇度。距離二〇〇〇。潜水艦と思われます」

 この海域で中国海軍の監視任務に就いている潜水艦はせいりゅうだけ。米第七艦隊の原子力潜水艦が周辺海域で行動中という情報も聞いていなかった。中国の潜水艦に間違いないだろう。水上艦と潜水艦に挟まれたということか│。

「速力二ノット。前進微速」

 下令するとともに艦長は海図に目を落とした。中国の潜水艦の性能が向上し、ソナー員の技量が上がっているといっても、水中を六ノット以下で進む海自潜水艦のスクリュー音を探知することなどできないはずだ。

 「艦長、水上目標がアクティブ・ソナーを撃ちました」

 ソナー員の報告と同時に、せいりゅうの艦内にアクティブ・ソナー特有の甲高い金属音が響き始めた。

「海上に突発音。ソノブイが投下された模様です。一発、二発、三発......」

 今度はソノブイから出る耳障りな高周波音が襲ってきた。直進してくるソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦から発進した対潜ヘリが、アクティブ・ソノブイを次々に投下しているに違いない。艦長の脳裏には、二〇一〇年四月、一〇隻の中国艦隊が東シナ海から西太平洋まで進出し、監視する海自護衛艦のマストまで三〇メートルという距離に異常接近した艦載ヘリ・ka28の傲慢な振る舞いが蘇っていた。

 潜水艦狩りでもするつもりか。中国海軍から強制浮上など命じられてたまるか│。自らにそう言い聞かせると、艦長は艦内マイクに向かった。

「総員に告ぐ。魚雷戦用意」

 平時であっても第三国の潜水艦を発見し、追尾したり、追跡を振り切ったりする場合に発令する警戒態勢だ。沖縄トラフからの脱出劇が始まった。

現実に進む"中国の海"化

 知らぬ間に中国の潜水艦に忍び寄られ、海上自衛隊の潜水艦が窮地に陥るという想定だ。せいりゅうは実在しないが、海自の新鋭潜水艦「そうりゅう」の同型艦という設定だ。シナリオのように中国の潜水艦が背後から接近することなどできるのだろうか。

 二〇〇三年十一月、中国の明級潜水艦が鹿児島・大隅海峡を浮上したまま通過してから七年余が経過した。当時、赤サビだらけの船体が話題となったが、その後も〇四年に漢級原子力潜水艦が潜没したまま日本領海内を侵犯し、〇六年には沖縄近海の西太平洋で、宋級潜水艦が米空母キティーホークに近づき、魚雷の射程内に入ったところで浮上するという威嚇も実施している。

 さらに〇九年、実戦配備されたばかりの最新鋭の商級原子力潜水艦が、単独で東シナ海から台湾と与那国島間を抜けて西太平洋に進出しており、手元の資料によると、日本周辺海域で中国潜水艦の作戦行動が確認されたのは、〇六年の二回から〇八年には一二回にまで急増している。

 中国は九〇年代後半から、海洋調査船を使って、東シナ海の日本の排他的経済水域(EEZ)内に許可なく入り込み、日本政府の抗議を無視して、潮流や水温分布など潜水艦の作戦行動に不可欠なデータを収集していた。二〇〇〇年以降は調査海域を日本最南端の沖ノ鳥島周辺にも広げ、海域を碁盤の目のように区切りながら活動してきた。

 その目的は、米領のグアムとサイパン方面から西進してくる米第七艦隊の空母打撃グループを、中国は沖ノ鳥島の周辺海域まで潜水艦を進出させて待ち受け、米空母の東シナ海方面への接近を阻止(アンチ・アクセス)するためだ。具体的には、潜水艦から魚雷や超音速巡航ミサイルを発射するとともに、新開発した空母キラーと呼ばれる対艦弾道ミサイル・DF21(射程約二〇〇〇キロ)で第七艦隊を撃破する作戦だ。

 もちろん海自も第七艦隊も、手をこまねいているわけではない。冷戦時代、オホーツク海から太平洋への進出をもくろむソ連極東海軍を「仮想敵」として北部太平洋や日本海で実施してきた日米共同演習は、二〇〇〇年以降、場所を九州・沖縄周辺海域に移し、米空母打撃グループを中心に世界最大規模の演習を実施している。

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