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シミュレーション 中国の戦闘機が飛び交う日

勝股秀通(読売新聞編集委員)

◆シナリオ2 南西諸島防衛

 防衛省は二〇XX年X月、〈東シナ海に浮かぶ沖縄県のA島に、Z国の海上武装民兵が漁船を連ねて押し寄せ、続いて海軍陸戦隊などの正規軍がヘリと艦船で強行上陸し、ミサイルなどの火力を配備する〉│との情報を入手。すぐさま統合幕僚監部は、長崎・相浦に駐屯する陸上自衛隊西部方面普通科連隊(西普連・約六〇〇人)にA島への急派を下令した。さらに西普連を支援するため、航空自衛隊のC130輸送機約一〇機に分乗した約四〇〇人の陸自第一空挺団(千葉県)の大隊がA島にパラシュート降下し、上陸を開始しようとしていたZ国の陸戦隊の行く手を阻止した。

現実離れした訓練を続ける日本

 これは大分・日出生台演習場で昨年十二月に行われた陸海空自衛隊による統合演習の一場面をアレンジしたシナリオだ。残念なことに、演習では訓練を計画、統裁する現場に対し、「中国を刺激しないように」という政治的な意向が伝えられ、当初予定されていた離島奪回作戦は取り止められ、シナリオのように事前に部隊を配置した上で兵力を増員して防御するという内容に改められた。中国への配慮はこれだけにとどまらず、沿岸に接近する艦船を撃破する自衛隊の主力兵器・88式地対艦ミサイル(SSM│1)を鹿児島・奄美大島に輸送し、島内に配置する移動展開訓練も中止された。

 政府は昨年十二月に策定した「新防衛計画の大綱」で、初めて南西諸島の重要性を明記し、離島を含めた周辺海空域の警戒監視、離島への侵攻対処に防衛の軸足を置いたにもかかわらず、意図的に「離島」という想定を演習から消し去ってしまった。そんなナイーブな配慮が何の意味もなさないことは、中国が昨年、大型揚陸艦や水陸両用戦車を使って他国が実効支配する離島を奪取する作戦計画を策定し、同年十一月、北京駐在の各国武官を招いて海軍陸戦隊が南シナ海の離島を攻略する訓練を実施したことでも明白だ。

 中国が尖閣諸島の領有を主張するのは、軍事力で支配できれば、東シナ海の制海権と制空権を手中に収め、天然ガスなどのエネルギー資源もたやすく確保できるからだ。最も広い魚釣島にミサイル発射基地を構築し、射程三〇〇キロの対艦ミサイルを配置すれば沖縄本島以南の島々を無力化することは簡単だ。防衛省幹部は「何のために南西諸島重視の新防衛計画の大綱を策定したのか。政治の指示には逆らえないが、現実離れした中途半端な訓練を続けているうちに、自衛隊は戦えなくなる」と警鐘を鳴らす。

 すでに、その危機感は現実味を帯び始めている。尖閣を含め南西諸島を守りきるには、自衛隊の輸送力は致命的なほど脆弱だからだ。九州南端から日本最西端の沖縄・与那国島まで約一四〇〇キロ。青森から山口まで本州の長さに匹敵するエリアに南西諸島は点在する。今回、日出生台演習場で行われた訓練では、Z国が上陸する前に西普連など陸自の精鋭部隊が配置されていたが、陸自幹部は「輸送力がないから、できもしない事前配置を前提に訓練せざるを得ない」と明かす。

 例えば、海自の「おおすみ」型輸送艦は、陸自の一個普通科連隊(約九〇〇人)規模の人員と装備を運べるが、満載時の速力は最大でも一五ノット(時速約二七キロ)程度で、鹿児島から尖閣諸島や石垣島、宮古島までは四〇時間の長旅だ。これでは危機が迫ってから部隊を送り込み、陣地を構築することなど、「物理的に無理」(陸自幹部)だ。滑走路のある島であれば輸送機が使えそうだが、空自のC130輸送機では搭載装備の重量や大きさに制約が多く、一個連隊を運ぶには現有機数では余りに少な過ぎる。さらに、平素から多くの離島に部隊を駐屯させておくという意見もあるが、地積のない島は狭くて訓練も満足にできず、部隊は遊兵化してしまう。これも現実味のない意見といっていい。

 解決策は一つしかない。まず沖縄本島に駐屯する陸自一五旅団(隊員約二一〇〇人)を師団規模(約五〇〇〇人)に拡充し、そのうち一〇〇〇?一五〇〇人を宮古島、もしくは石垣島に緊急展開部隊として配置する。宮古島に隣接する下地島には、民航機が離着陸訓練を専門に行う三〇〇〇メートルの滑走路があり、そこを自衛隊のヘリ基地として使用すれば、自衛隊の展開能力は格段と向上する。その際、本土の部隊が来援する際に必要な弾薬や燃料など補給物資の事前集積基地を設けておくことも忘れてはならない。現在、沖縄本島を含め九州以南の南西諸島に自衛隊の弾薬庫はなく、離島で戦闘するためには、北九州市と大分市にある弾薬庫から運び込まなければならないからだ。

 事前集積基地を整備すると同時に、米陸軍や米海兵隊が運用している高速輸送船(HSV)を保有すれば、輸送力は飛躍的にアップするだろう。八〇〇人程度の部隊と装備を載せ、時速七〇キロ前後の高速航行が可能なHSVなら、鹿児島から宮古・石垣両島まで一五時間ほどで到着できる。宮古や石垣島の部隊が緊急展開すると同時に、九州から増援部隊を送り込むことができるだろう。HSVは噴火や地震など離島や沿岸部で災害が発生した場合には住民避難にも使え、朝鮮半島有事では邦人救出を担う輸送力の要ともなる。政府専用機と同様に、内閣府予算で購入し、自衛隊が管理することで装備化を急ぐことができるはずだ。

遠ざかる米国

 米軍との連携も喫緊の課題だ。南西諸島の防衛強化を打ち出した「新防衛計画の大綱の内容に、「米陸軍の関心は薄いが、海兵隊は強い興味を示している」(防衛省幹部)という。そもそも離島で戦闘する編成と装備ではない米陸軍は無理としても、日本は東シナ海と南西諸島の防衛に米海空軍と海兵隊を巻き込まなければならない。

 昨年十二月の日米共同統合実動演習では、「離島防衛を含む海上・航空作戦」が主要演習項目に組み込まれ、海兵隊が海自と米第七艦隊の支援を受けながら沖縄・沖大東島と周辺海域で上陸阻止訓練を実施した。また、尖閣諸島沖の衝突事件で日中間が緊張した昨年秋には、南シナ海での訓練を終えた米空母ジョージ・ワシントンの打撃グループが、尖閣諸島の周辺海域を経由して母港の神奈川・横須賀基地に帰投、米海軍幹部が「しっかりとプレゼンスを示してきたよ」と防衛省幹部に伝えている。

 しかし今、沖縄・普天間飛行場の移設問題が解決不能状態に陥っている間に、米軍の関心は日本防衛から次第に遠ざかっている。それを端的に示したのが、米国防総省が二月に公表した「米国家軍事戦略」だ。日本と韓国を取り上げた「地域安全保障」は、衝撃的な内容だ。韓国を米国の安全保障政策を支持する強固な同盟国と評し、安全保障に対する責任を拡大する韓国を、米国は支援し続けると記す一方で、日本に対しては同盟国という表現もなく、自衛隊とは日本域外での防衛協力に言及しているにすぎない。米国の公式文書で、日米同盟がこれほど軽く扱われたことはなかったのではないか。

 今年一月、熊本市内の自衛隊施設で、コンピューターを使った陸上自衛隊と米陸軍、米海兵隊との共同指揮所演習(コードネーム:ヤマサクラ)が行われた。鹿児島の陸自第一二連隊を奄美大島にヘリで空中機動させる場面で、米軍は周辺空域の優勢が確保されていないことを理由に、自衛隊が要請した援護や輸送などの航空支援を断った。陸自幹部は「南西諸島を対象にした米軍との共同作戦計画はない。基本的に離島防衛は陸海空自衛隊が担うというのが米軍の考え方。米軍の支援は一切白紙だ」と打ち明ける。
 尖閣諸島を含め沖縄・南西諸島に日米安保は発動されるのか│。昨年秋の尖閣諸島沖の衝突事件以降、何度も言及されてきた。「米国と中国の関係次第、まさに米国の国益次第だ。南西諸島などどうでもいいと思われたら、それまで」│。ある防衛省幹部の言葉は、明確な共通の敵がいなくなった同盟は、互いに目先の利益を求める共同体に変質することを示唆している。

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