三正面作戦を強いられる日本、中ロの接近を阻め

鈴木美勝(時事通信解説委員)

その点からすれば、定期的な中国海洋調査船の不法侵入、遠巻きにする海軍──海監を背負った漁船群の出現、中国人民政治協商会議委員の肩書を持つ実業家がスポンサーの香港活動家の魚釣島上陸──この一連の事案は、敵軍瓦解に向けて展開する中国の三戦、即ち「世論戦(メディアやインターネットを通じて有利な情報を流す世論誘導)」「心理戦(偽情報を流したり心理的な威圧を加えて相手の戦意を挫く)」であり、やがて本格化を目論む「法律戦(ルール作りを率先し法解釈を有利に進める)」の前段階の工作とも言える。

■■李明博は捨て駒にし中ロの接近を阻め

 尖閣・北方領土・竹島をめぐる「領土紛争」は半ば作為的連鎖・連動によって、日本に三正面対処を余儀なくしている。その根本的原因は何か。

 こうした連鎖が起きたのは、年替わりの首相交代、普天間問題に加えて、最新の垂直離着陸輸送機オスプレイの配備問題などによってギクシャクする日米同盟等々──その甘さ・緩さ・温さを突かれ、揺らぐ政権の足元を見透かされているためだが、その本質的要因は、海洋国日本の国境意識の希薄さにある。尖閣諸島を日本が実効支配しているとは言っても、その裏づけとなる国境警備は国際スタンダードに遠く及ばない。

 海洋資源が注目されて以来、「領海」という国際政治への「海」の登場によって、海洋はまさに主権国家が調査・探査・開発を目指す陸同様のバトルフィールドと化した。

 尖閣諸島をめぐる問題は長期的な展開を覚悟し、徹底的な対話を通じた解決を目指さなければならないが、中国を冷徹に見る眼が不可欠だ。

 政治的節目の年として注目されてきた二〇一二年は、五月にロシアでプーチン大統領が就任。この秋、中国では習近平がトップの座に就く。韓国では十二月に大統領選が行われ、ポスト李明博が決まる。この夏、複合連鎖で発生した日本領土をめぐる問題は、丹念に解決の糸口を手繰り寄せなければならない。

 では、日本は「北」「西」「南」の三正面を見据えて、どのような外交を展開すべきであろうか。

 第一のポイントは、竹島問題についてはICJに単独提訴する以上、提訴によって国際世論の理解を得られるよう全力を挙げるべきだが、三正面で同時に対峙する状況の解消にも努めるべきだろう。今回の領土紛争を見る限り、今のところ中韓の連動性は薄い。まずは領土問題をめぐってロシアや中国の動きに煽られたりしないようにしなければならない。それには、今起きていることはすべて李明博政権末期の悪夢と諦めて、次期政権での韓国との関係改善に向けて準備を進めることだろう。

 日韓関係に軋みが生じている今、米国の憂鬱は募るばかりだ。米日韓連携が揺らいでは、真っ当な対中戦略など機能しないからだ。日本は、レイムダックに陥っている李明博政権を捨て駒に、次期政権での関係改善のための布石を打つ必要がある。現政権とは、表面的にはさらに厳しい状況が続いても構わないが、バックチャネルで意思疎通を図っておくことが重要だ。

 二〇一五年には、日韓国交正常化五十周年が巡って来る。当時とは比べものにならぬほどのステータスを確保した韓国から、国交正常化で設定した枠組みの見直しが提起されることも予想される。日韓両国が、真の「未来志向」に向かえるように、今からでも有識者やジャーナリストの真摯な対話を通じて世論形成を進める以外にあるまい。

 第二に、一定の距離を維持しながらも戦略的協力関係を深化しようとしている中ロ両国がこれ以上近づかないように力を注ぐことであろう。

 世界第二位の国境線を有する中ロ両国の協力深化には限界があるものの、日本をターゲットにした互恵関係で今以上緊密に結びつくことは可能だ。中ロ協力の深化を阻止するために、日本は北方領土問題をテコに、日本の技術力や経済力を戦略的に使うことが不可欠であろう。ロシア化が進む北方領土だが、領土を動かすには首脳外交しかない。残された時間はプーチン大統領任期中(六年)の前後一年ずつを除いた四年間が勝負となる。

 第三に、尖閣問題をめぐる中国との対応では、百年にわたる外交戦を覚悟し、あらゆるシナリオに対応できるように備えておかなければならない。短兵急な強硬論では意味がない。当面は政治の安定化を取り戻すと同時に、習近平体制一期目にまずは中長期的なバックチャネル、裏舞台でのネットワークづくりに努め、情報収集力と調整力に磨きをかけておくことだ。その一方で、動的防衛力の整備、西南海域における島嶼防衛、警戒監視の強化、力に裏づけられた国境警備に舵を切らなければ、有効な外交戦を展開することはできない。視野を広く、戦略の時間軸を長く、巨大国家中国と丁々発止で渡り合える安定した政権を構築するため、一刻も早く体制を一新してオールジャパンで取り組む以外に道は開けない。
(了)

〔『中央公論』201210月号より〕

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