元自衛隊幹部が描く悪夢のシミュレーション

“国有化”騒動から1年 対談 尖閣危機
香田洋二(元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)) ×山口昇(元陸上自衛隊研究本部長(陸将))

山口 一方の中国も最高指導者が胡錦濤氏から習近平氏になる直前の出来事であった。そういう時期には国民に対して弱腰の姿は見せられない。両国ともにそれぞれに事情があったということが不幸を招いた。

香田 同感だ。ただ、本誌九月号で詳しく議論したが、北京にとって尖閣は最優先事項ではない。交易の要所である南シナ海の確保のほうが東シナ海よりはるかに重要だ。チベットやロシアとも問題を抱えている。国内の暴動も気がかりだ。日本や米国に対して、中国から荒業をかけてわざわざもめ事を増やすことが得策であるはずもない。日本国内で大騒ぎされているほど尖閣をめぐり日中間は緊迫していない。

山口 今年一月には海上自衛隊の護衛艦が、中国海軍艦艇から射撃に使う火器管制レーダーを照射された事件が発生し、大騒ぎになったが、以後、同様の現象は起きていない。ここ半年は比較的落ち着いている。北京にとっても尖閣問題は沈静化させたいというのが本音なのだろう。

香田 このため北京が突然、冒険主義に走ることは考えにくい。そうはいっても、日本側の防衛態勢に不備があれば、その間隙を突くという軍事的誘惑心を引き起こさせる危険はある。

山口 その通りだと思う。江戸時代、窃盗は厳罰だったが、戸締まりをしていない家の場合は減刑されたという。相手に付け入るスキを与えた側にも責任があるということだ。日本の自衛隊法を含めて制度の欠陥について、この際確認しておく必要があるだろう。

■■自衛隊出動への高い壁が中国にスキを与える

香田 現在、尖閣周辺を守っているのは主に海上保安庁だが、法律によって海保に規定されている任務とは海上の安全と治安の維持である。つまり領土や領域の防衛、警備という任務はない。近年、大挙してやってくる中国漁船に対応するために、厳密にいえば海保は法律をはみ出している側面もある。海保に問題があるのではなく、海保を支える法律的な根拠がないにもかかわらず、海保に頼らざるを得ないから無理をさせているということだ。
 海保に領土、領域の防衛ができないなら自衛隊を出せという威勢のよい意見もあるが、自衛隊の出動には高いハードルが課されている。八月中旬、政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、法整備をするよう提言する方針を固めたとされるが、今日はいま一度、この現実を論じておきたい。

山口 自衛隊法には「主たる任務」として、日本防衛のための防衛出動が、「従たる任務」として国民保護、治安出動、災害派遣などが定められている。
 首相が防衛出動を下令するためには、安保会議に諮問し、閣議にかけたうえで国会の承認を得ることが必要だ。その条件は、現に武力攻撃を受けるか、それが切迫しているということだ。
 防衛出動が下令された後、さらに、自衛権行使のために武力を使用する上では、第一に我が国に対する急迫かつ不正の侵害があること、第二にこれを排除するために他に適当な手段がないこと、第三に必要最小限度の実力行使にとどまること、という三要件を満たさなければならない。
 また、ここでいう武力攻撃は、外国からの計画的、組織的な攻撃とされ、いわば本格的な武力進攻を想定した規定になっている。ここに相手に付け入られるスキが生まれるのだ。

香田 ひとたび防衛出動が下されれば、後は国際法の戦争法規等を基本に行動することになるので、相手が大砲を撃てば、こちらも大砲を撃てる。

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