元自衛隊幹部が描く悪夢のシミュレーション

“国有化”騒動から1年 対談 尖閣危機
香田洋二(元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)) ×山口昇(元陸上自衛隊研究本部長(陸将))

香田 また、相手が本当に中国軍の特殊部隊だった場合、覚悟を決めれば偵察に来た自衛隊を全滅させることもできる。自衛隊側は武器の使用に制限があり、どうすることもできない。さて、そこまでのリスクがありながら、日本政府は治安出動なり、海警行動などが出せるのか。官邸は悩むことになるだろう。

■■米国も手が出せない

山口 などと躊躇している間に、中国は全世界に向けて発信を始めるかもしれない。

香田 簡易型の衛星通信で「わが人民解放軍の英雄は、××年○月X日、勇敢な特殊作戦を決行。釣魚島を北京の実効支配とし、領有権を我が中国に取り返した」などと、中国国旗が立っている映像とともに大々的に発信することもできる。あくまでも机上の話だが、こうなると、理論上、米国は安保条約五条の義務がなくなってしまう。

山口 安保条約五条とは、「日本国の施政の下にある領域」における「武力攻撃」に、「共通の危険に対処するように行動すること」を明示したものである。だから、理屈でいえば、日本ですら日の丸を掲げたこともない島に中国の五星紅旗が揚がるのであれば、理論上、日本は瞬間的であっても施政権を失っているように見える。そのうえ、「武力攻撃」もないのだ。要するに、安保条約の適用外になる。

香田 では、中国の特殊部隊を兵糧攻めにできるか。これも難しいだろう。というのも、中国の高速船が水と食料を運んできたときに本格的に止める手段がないのだ。現行法でいけば海保は「あなたは日本の領海を侵犯している。領海外に離脱せよ」と警告するのみである。自衛隊が出動しても防衛出動は出ないから、実際には止めようがない。結果、目の前で中国船籍の船が尖閣に攻め入った特殊部隊に堂々と補給する様子を見守ることになりかねない。
 ただ実際に事態がここまで深刻化すれば日米両政府も何らかの措置を講じるとは思う。しかし、北京がその気になれば、尖閣が無人であることを利用して、弾の一発も打たずに、血の一滴も流さずにこうしたことができるということは認識しておかねばならない。

山口 まとめると、防衛出動を出したうえで、明確な攻撃があるというところまできて、初めて自衛権の発動ができる。そこに至るまでが大変であり、かつ、穴が多いということである。

香田 先ほどのシミュレーションに話を戻せば、世界的な基準からいえば、誰もいない場所で、侵入者が誰だか分からない──という事態は相当に危険であるとみなすのが普通だ。多くの国では自国防衛のために軍事行動に出る局面とされているが、日本は逆だ。この侵入事案は「急迫不正で組織的な進攻である」と見定めるまでに、数日の議論を費やすことになりかねない。
 こうしたシミュレーションを試みることで浮かび上がる日本の制度上の重大な欠陥について理解してほしい。

■■尖閣上空で中国空軍のエアショーが始まったら......

山口 そのほかに危険なシミュレーションはあるか。

香田 もしわたしが中国人民解放軍の指揮官なら、尖閣の真上でエアショーを行うと思う。国産新鋭戦闘機で尖閣までは低空飛行で近づき、突然、尖閣上空でアクロバット飛行を始める。ダイヤモンドなどを描いて美しく飛んでみせる。この様子を衛星通信を使って実況中継する。「我が中国の同胞、勇敢なる空軍パイロットが尖閣上空でアクロバット飛行を行っている」などといった具合か......。

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