中国の「秘密結社」とは何か? 岡本隆司×安田峰俊

岡本隆司(京都府立大学教授)×安田峰俊(ルポライター)
岡本隆司氏(左)×安田峰俊氏(右)
 中国史上、変動期にその存在感を度々示してきた「秘密結社」。それはカルト教団なのか、暴力組織なのか、政党なのか? 理解しがたい謎組織を、中国史の第一人者・岡本隆司先生と、この春『現代中国の秘密結社』上梓した気鋭のルポライター・安田峰俊さんが明らかにする。
(『中央公論』5月号より一部抜粋)

中国の秘密結社とは何か?

安田 昨今は「トンデモ歴史学」といわれるような荒唐無稽な情報が蔓延しています。中国についても、新型コロナウイルスの震源地が武漢だったため、陰謀論やデマが更に輪をかけて流布しています。もちろん、中国には新疆ウイグル自治区や香港での人権侵害など多数の問題があることは事実です。一方で日本人の中国理解の欠如による陰謀論やデマも多い。もっとも、陰謀論全般に言えることですが、実態は意外と普通の、ありふれた事象がおどろおどろしく伝えられているだけだったりする。歴史の視点を持って現実を追うことで、きちんとした解釈ができると考えています。

岡本 玉石混淆の情報が溢れる中、安田さんが書く中国記事は大変勉強になり、安田さんが大学で東洋史を専攻されていたと知って、いろいろと腑に落ちました。『現代中国の秘密結社』も本誌連載中から興味深く読んでいました。私も中国の秘密結社については、歴史学の研究の後追いや史料をなぞるぐらいはしているのですが、個別の実証研究や現代の状況を追うまではできていません。他に言いようがないので、私も秘密結社と言っていますけれど、興味深かったのは、安田さんが著書の副題に「マフィア、政党、カルト」という言葉を並べていることです。確かに日本語や他の言語にすると、こうとしか言いようがないのですが、この言葉遣いによってバイアスがかかってしまうんですよね。

安田 そうですね。秘密結社は、儀礼、政治、犯罪、宗教と様々な目的から結成されます。その中でも中国の秘密結社は、構成員同士の助け合いの目的から結成された「会党」(幇会)、民間信仰の繋がりによる「教門」、政治的な目的を持った「政治結社」といった三つに大きくわけられるのですが、簡単に区分しきれない部分もあります。「教門」や「政治結社」はある程度は説明できるのですが、「会党」は日本人には理解しにくい存在です。

岡本 我々が秘密結社と言っている存在は、会党と言えば、中国語では単なる「集まり」を示す意味でしかないですからね。英語でも政党はpartyで、意味は「集まり」です。

安田 会党をわかりやすく説明するなら、「暴力団+右翼団体+生活協同組合+社会奉仕団体+県人会」を足して割らない存在でしょうか(笑)。ケースバイケースでいろいろな顔を見せるので、相互扶助の団体や同郷会の場合も、マフィアの場合もある。書籍にも書きましたが、会党的な秘密結社の一つであるカナダ、バンクーバーの「洪門」は、過去にマフィア化した人たちがいた一方、今は華僑の健全なコミュニティ団体になっています。ただ、その健全な団体も、親中国共産党的な政治活動をしているわけで、日本人にはイメージしにくい概念の存在ですね。

岡本 中国社会のあちこちに存在している集まりを我々が秘密結社と呼んでいるだけで、中国の人たちは普通に出入りしています。だから変な言い方ですが、秘密でもなんでもないとも言えるのです。

安田 日本語として使われる「秘密結社」という言葉は、その字面から、どうしてもおどろおどろしいニュアンスが出てきて、その単語がひとり歩きしてしまう傾向があります。しかし、その言葉の雰囲気に引きずられ過ぎては、見えなくなってくるものがある。結局は、それが陰謀論のようなものへと繫がっているのではないでしょうか。

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