アジア人ヘイト問題 日本人と企業に問われる覚悟 渡邊裕子
(『中央公論』2021年6月号より一部抜粋)
三月二十九日の昼間、ニューヨークの路上で、六十五歳のアジア系女性が道を歩いてきた大きな男に突然激しく蹴り倒され、頭を踏みつけられる事件が発生した。警察は防犯カメラに映っていた事件の映像を公開し、広く知られることとなった。
昨年以来、アメリカ西海岸・東海岸の都市を中心にアジア系を標的にした暴力事件が増えてきており、最近さらに急増していることが報じられていた。我々もそのようなニュースに慣れつつあったが、この映像は、その鮮明さと衝撃的な内容から特に注目を集めた。女性はフィリピン系で、男は女性に向けて「You don't belong here」(お前はここの人間じゃない)と怒鳴り、アジア人を侮辱する言葉を浴びせていたと報じられている。
事件から二日後に逮捕された三十八歳の男は、二〇〇二年に母親を殺害し、二〇一九年に釈放された人物だった。また、近くで一部始終を見ていたのに女性を助けず、ドアを閉めたドアマンは解雇された。
私は、事件現場から歩いて一〇分ほどのところに住んでいる。タイムズスクエアから遠くない、人通りが多く、治安の比較的良い街のど真ん中で、白昼堂々と事件が発生したことに、地元民たちも驚いた。ニュースは日本でも多く報道されたようで、友人などから「気をつけて」というメッセージが届いたが、あのような突然の攻撃には気をつけようがない。
今、アメリカでは、ニューヨークやカリフォルニアなどを中心に始まった、「#StopAsianHate」運動が勢いを増している。抗議活動が頻繁に行われ、アジア系の政治家、芸能人なども積極的に発言を行っている。
昨年五月のジョージ・フロイド氏殺害事件をきっかけとする「Black Lives Matter(BLM)」運動の盛り上がりは世界的な注目を集めたが、BLM自体は二〇一三年から続く運動で、もっと遡れば一九五〇~六〇年代の公民権運動に源流がある。
それに比べると、アジア系が声を上げ、反差別運動を主導するのは珍しい光景だ。今起きていることは、これまでとどこが違うのか。