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アメリカのキャンセルカルチャー フランシス・フクヤマ

フランシス・フクヤマ(スタンフォード大学シニアフェロー)/聞き手:会田弘継(関西大学客員教授)
フランシス・フクヤマ氏 ©Djurdja Padejski
 いま世界で起きている「キャンセル・カルチャー」とは何なのか? アメリカの政治学者・フランシス・フクヤマ氏に、関西大学客員教授の会田弘継氏が聞いた。(『中央公論』2021年7月号より抜粋)
目次
  1. 男性の行動を変えた#MeToo運動
  2. 言葉に埋め込まれた権力構造

男性の行動を変えた#MeToo運動

会田 今、アメリカで隆盛の「キャンセル・カルチャー」についてお聞きしたいと思います。キャンセル・カルチャーとは、問題行動や発言をした人物・企業をキャンセルする、つまりその人を解雇したり、会社の製品をボイコットしたりする行為を指します。象徴的だったのは、二〇一七年にハリウッドの映画プロデューサーが長年行っていたセクシャルハラスメントを女優たちに告発され、映画界から追放された一件です。世界の女性たちはこれに共感し、「私も被害者である」と「#MeToo」運動を展開し、セクハラが許されないことであると世界に再認識させるよい機会になりました。

 一方で、キャンセル・カルチャーは、#MeToo運動をさらに先鋭化させたような動きになり、最近では行き過ぎの状況も見受けられます。日本でも同様の出来事があり、ある人物は、過去にSNSに書き込んだ女性への悪口が問題視され、謝罪に追い込まれました。真摯な謝罪をしたにもかかわらず、SNSでの炎上を受け、その人物の仕事、過去の業績まですべて否定する動きが出ています。明らかに行き過ぎです。

 フクヤマさんはこれまで多文化主義について考察し、近年の「アイデンティティ・ポリティクス」の問題点についても論じてきました。キャンセル・カルチャーとアイデンティティ・ポリティクスの関係をどのように見ているでしょうか。

フクヤマ アメリカのアイデンティティ・ポリティクスは、アフリカ系アメリカ人や女性、またゲイやレズビアン、トランスジェンダーなど、虐げられ疎外されてきた人々が「尊厳」を求める社会運動として始まりました。一九六〇年代以降、彼ら彼女らの尊厳は、法的には一応は保護されているものの、日々の社会生活で重視されることはなく、これが大きな問題となっていました。この時代以降、何百万人もの女性がオフィスや工場で働くようになり、あらたな状況が生まれ、男性中心に作られていたルールを調整する必要が出てきました。男性は女性を性的な対象として見ていましたし、女性を貶めるような発言も多くしていました。#MeToo運動は、男性の行動を変えるために文化的規範を調整する必要から発生したものだと思います。

 日本やヨーロッパではそれほどなかったかもしれませんが、アメリカには人種問題の歴史があり、女性問題と同じくらいに敏感です。そして、これまで四年間は、人種差別的なトランプ大統領が黒人に対して非常にネガティブでステレオタイプな言葉を使うことを許してきたため、人々の感情が張りつめる非常に悪い時代でした。昨年五月には、黒人男性のジョージ・フロイド氏が白人警官の暴行を受け亡くなり、その抗議活動が大きく広がったことが示したように、多くのアフリカ系アメリカ人の状況はよくなっていません。社会には実際にこのような不正義があり、是正されるべきです。

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