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アメリカのキャンセルカルチャー フランシス・フクヤマ

フランシス・フクヤマ(スタンフォード大学シニアフェロー)/聞き手:会田弘継(関西大学客員教授)

aida.png聞き手:会田弘継

言葉に埋め込まれた権力構造

会田 フロイド氏事件以降、「ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動」が再び盛んになりました。

フクヤマ そうです。ただ、キャンセル・カルチャーには少し複雑な起源があるように思います。その一つは、批判理論の体系から生まれたもので、ミシェル・フーコーはその推進者の一人です。進歩的な考え方の人々は、言語に対して強い感受性を持っています。日本ではまだ起きていないと思いますが、最近では多くの学者やリベラルな志向の人々がメールの署名欄の名前の横に「she/her/hers」や「he/him/his」と表記するケースが増えてきました。これは自らの性認識で、メールではその代名詞を使ってほしいと伝えるものです。トランスジェンダー活動家によると、ジェンダーとは、生物学的な生まれつきのものではなく、人々が自ら選択するものだそうです。つまり男性の染色体を持って生まれたとしても、女性である場合もある。

 フーコーは、言葉には権力構造が埋め込まれていると主張しました。つまり、言葉は現実を描写する中立的な手段としてあるだけではなく、言葉自体がその現実を形成していく。言葉を使っているうちに、無意識に権力構造が強化される可能性を指摘したのです。よって性別の代名詞を、生物学に基づいて使い続けることは、誤った考えを強化することで、それはトランスジェンダー運動の信念に反し、彼ら彼女らを見下すトランスフォビア(トランスジェンダーへの嫌悪)を意味します。いわゆる「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」上の問題の多くは、女性やマイノリティ、LGBTについて議論する際に、間違った言葉を使うことから発生しています。

 第二の起源ですが、人は誰しも、心の内ではさまざまな不愉快な意見を持っているものです。親しい友人と話しているときには、誰かを中傷したり、不満を言ったりしますが、決して面と向かっては言いませんし、公の場でも言いません。しかし、ソーシャルメディアの発展により、公の場と私的な発言の明確な境界線が完全に失われてしまいました。先ほど、日本でのSNSの舌禍事件についてお話がありましたが、その人は、なんてことはない私的な発言に過ぎないと思っていたのではないでしょうか。しかし、SNSはその発言を大いに拡散してしまうばかりでなく、長く保存してしまう機能を持っています。一〇年前に何気なく行った発言を、誰かに見つけられ、公開されてしまうことさえあるのです。アメリカでも、ある少女向け雑誌の編集長が、十七歳のときにツイッターでアジア系や同性愛者を蔑視する発言をしていたことが判明し、辞職せざるをえなくなりました。テクノロジーは、我々にプライバシーを与えてくれているように錯覚しますが、実際にはプライバシーなど何もありません。発言すべてが自分に不利に使われる恐れがあるのです。

 最後に、ソーシャルメディアで社会の不正義を訴えることは、現実世界で実際に行動することの代わりにもなるのだと思います。アメリカには、一月六日に連邦議会を襲撃したような本物の差別主義者がいます。しかし、ほとんどの人にとって彼らを止める手立てはない。たとえ直接会ったとしても、腕力で立ち向かうことはないでしょう。ただ、実際に行動できなくとも、ソーシャルメディアで自分の感情を表現することができます。人々はそれを使って差別主義者や女性蔑視主義者に抗議をするし、SNSでの炎上も起こるわけですが、現実にすぐ対処できるわけではないでしょう。こうした背景が、キャンセル・カルチャーの今の状況につながっているのだと思います。

 

(『中央公論』2021年7月号より抜粋)

フランシス・フクヤマ(スタンフォード大学シニアフェロー)/聞き手:会田弘継(関西大学客員教授)
◆フランシス・フクヤマ〔Francis Yoshihiro Fukuyama〕
1952年アメリカ・シカゴ生まれ。コーネル大学で古典哲学を学んだ後、ハーバード大学大学院で政治学博士号を取得。ランド研究所を経て、80年代にアメリカ国務省政策企画部で中東・欧州を担当。89年のベルリンの壁崩壊直前に外交専門誌『ナショナル・インタレスト』に発表した論文「歴史の終わりか?」が大きな波紋を呼んだ。邦訳書に『歴史の終わり』『政治の起源』『政治の衰退』など。

【聞き手】
◆会田弘継〔あいだひろつぐ〕
1951年埼玉県生まれ。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを経て2015年から20年まで青山学院大学教授を務める。著書に『追跡・アメリカの思想家たち』『破綻するアメリカ』など。訳書にフランシス・フクヤマ『政治の起源』『政治の衰退』など。
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