「ユーラシア・ダイナミズム」に無関心ではいられない米国

アフガニスタン撤退、ウクライナへの対応──。 杉田弘毅共同通信特別編集委員が「バイデン外交の深層」を読み解く
杉田弘毅(すぎた・ひろき)

米外交・安全保障の三潮流

 ここで現在の米国の外交・安全保障潮流を簡単に見てみたい。大まかにいって三潮流に分けることができる。この三潮流を分析すると、アフガニスタンだけでなくユーラシア大陸における米国の関与政策の基調が浮かび上がってくる。

 一つは、自由で開かれた国際秩序の維持のために米国は積極的に国際関与を進め米国中心の国際秩序を立て直すべきだ、という論だ。国際関与派というべきだろう。軍事力を背景に外交や経済制裁、そしてソフトパワーを駆使する。絶対に米国は国際社会から身を引いてはいけない、と発破をかけている。

 国際関与派は民主党や共和党を横断する外交エリートたちの共通の考えである。ハーバード大学のジョセフ・ナイ、外交問題評議会のリチャード・ハース、プリンストン大学のジョン・アイケンベリーらがその中心だ。国際的に名の知れた米外交・学界の大物たちである。

 彼らの弱点は、イラク戦争の泥沼化以来、国民世論がこうした積極的な国際関与を支持せず、後ろ向きになっているということだ。また、中国の南シナ海や東南アジアへの進出、ロシアのウクライナ侵攻、そして米国のアフガニスタン撤退という現実に起きた事態から見れば、国際関与派が言うような米国中心の国際秩序は現実と乖離しており、その主張は昔の理想を追う外交エリートの描く理想の域を超えていないと言える。

 国際関与派の考えが実現する可能性があるのは、そうした米国の理想を受け入れて協力する同盟国、友好国が存在する地域となる。具体的には日本、韓国、オーストラリアが存在する東アジアと北大西洋条約機構(NATO)の欧州である。

 二番目はアメリカ・ファーストである。トランプ政権で外交・安全保障の立案をしたナディア・シャドロー、マット・ポッティンジャーらが唱えている。ひたすら米国の覇権維持を目標とし、外交よりも軍事的な威圧を優先し、国際合意を軽視し単独行動も辞さない。

 シャドローは2017年の国家安全保障戦略で、リチャード・ニクソン政権以来の中国との関与政策を「間違い」と断定し、中国を「あらゆる分野で戦略的な競争相手」と位置付ける対中戦略の抜本的な転換を実現した。ポッティンジャーも「中国は世界覇権を目指している」と述べている。

 彼らを古くからいるタカ派と言い切ることもできるが、かつてのネオコン(新保守主義)のような軍事力を使った民主化促進策はとらない。アフガニスタンやイラクの失敗で世界民主化の幻想は捨て、国家のあらゆるパワーを動員してひたすら中国とロシアの封じ込めを追求する。バイデン政権が重視する国防総省・米軍の気候変動対策を「中国との競争を邪魔する」(シャドロー)と厳しい。

 アメリカ・ファースト派の欠点は、中国やロシアとの緊張がいやが上にも高まることやトランプの言動に表れたような同盟軽視、あるいは無視である。つまり世界での評判が悪い。また軍事圧力に傾斜することから、偶発的な戦争勃発の可能性が高い。国内再建を求める内向きの米国で国民の支持があるとも言い難い。

 ただ、中国と対峙しロシアの脅威を抑止するには、こうしたタフな姿勢が必要となる。そのことで初めて同盟国も米国に従い強力な陣営が築かれることになる。

 三番目は抑制主義である。欧州や中東の米軍基地の引き上げが象徴するように、米軍の前方展開を縮小し外交を重視する。米国が軍事的な関与を薄めれば、反米国家だけでなく友好国もいわば勝手に動き、米国は世界統治の基盤を失うが、抑制派はそれでも良い、と答える。人権外交など米国の道徳的な優位性、米国例外主義にも固執しない。

 この潮流は国際関与を唱える外交エリートに反対する人々の寄せ集めでもある。つまり対外関与よりも国内優先派、反戦派・反軍産複合体派、国際政治リアリスト派、そして小さな政府派が集まったものだ。民主党急進左派の下院議員アレクサンドリア・オカシオコルテスから共和党上院議員でリバタリアンのランド・ポールまで間口が広い。バイデンは選挙戦の最中から「中間層のための外交」を唱えてきたが、これは抑制派の主張である「外国の世話をする前に国民の面倒を見てくれ」というものを取り込んだものだ。長所は国民の支持がある点だ。

 欠点は、米国が世界に背を向ければ敵対国は勢いづき同盟国は米国に背を向けて優勢な国の方へ行ってしまうから、世界覇権を中国にやがて奪われてしまうという負のシナリオに十分関心を払っていないことだ。米中の間で揺れる国々は米国の存在感が弱まれば中国にのみ込まれるし、同盟国であっても米国に頼れないとなれば、中国にすり寄る。

 米国が内向きに転じることでロシアを抑止することもできず、イランや北朝鮮などは地域秩序を乱す行動に出て、その結果各地でさまざまな規模の衝突が起こりそうだ。核兵器の拡散もさらに進むであろう。こうした無秩序な世界の出現は結局は、米国の国益を大きく損なう。

 第三の抑制主義の潮流が米国のメインストリームに近づいていることに注目すべきだろう。第一の国際協調、第二のタカ派の潮流が以前からワシントンで主流とみなされる外交潮流だったのに対して、第三の潮流は左派やリバタリアンという異端グループだった。しかし、今は第三の潮流を代表するクインシー研究所が設立され、その大口支援者には左派であるジョージ・ソロスと右派であるチャールズ・コークがともに加わっているのはよく知られている。

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