「ユーラシア・ダイナミズム」に無関心ではいられない米国

アフガニスタン撤退、ウクライナへの対応──。 杉田弘毅共同通信特別編集委員が「バイデン外交の深層」を読み解く
杉田弘毅(すぎた・ひろき)

ユーラシアへは抑制主義の介入

 バイデン政権はこの三つの潮流を使い分けている。 

 北大西洋条約機構(NATO)の再確認や日米同盟の強化、トランプ政権時代に関与を薄めた国連諸機関への復帰、気候変動対策のパリ協定への復帰とそのテコ入れ、イラン核合意への復帰交渉などは第一の国際関与派の考えである。202112月に開催された「民主主義サミット」も自由、人権を掲げる価値を重視して「民主主義国」対「権威主義国」の構図をつくるというリベラルな国際秩序派の主張に沿う。中国の興隆やロシアの復興で自由で開かれた国際秩序は明らかに弱体化しているのだが、バイデンは理想を依然掲げている。

 中国に対しては第二の潮流だ。「競争と協調」と位置付けているが、ホワイトハウスのラッシュ・ドーシ中国部長は政権入り前の論文で「中国はグローバルに米国を追い越そうとしている」と警鐘を鳴らし、「再認識すべきは、誰も米軍にはかなわないという事実だ」と強調し軍事圧力の効用を説いている。

 日米豪印のQUAD(クアッド)、米英豪のAUKUS(オーカス)など中国包囲網を構築し、経済安全保障も強化している。中国に米国が総力で圧力をかけることで、覇権を守る決意が感じられる。

 第三の抑制主義の潮流は主に中国やロシアを除くユーラシア大陸外交に現れている。アフガニスタンからの撤退、イラクでの戦闘任務の終了、イエメン内戦でのサウジアラビアに対する軍事支援の終結などはその具体的な動きだ。

 抑制主義は国内立て直し優先であるから、対外政策では多少の譲歩をしてでも軍事介入が必要となる事態は避けることになる。国防総省で戦略・計画・能力担当の次官補であるマラ・カーリンはさらに具体的に、介入する紛争の選定、介入の能力を厳正に判断し、介入に当たっては優先順位をつけ、介入しない場合の損失も受け入れると述べている。

 また介入の際の同盟国の役割は非常に大きくなる。これらの言葉からは選択的介入論と同盟国を強化し補完させる狙いが浮き彫りになる。ただ、中国を相手にするときは全力を挙げるはずだ。選択的な介入とはもっぱらユーラシア大陸奥部を指すと見るべきだ。

 注意が必要なのは米国が持つ地力は依然世界を圧倒していることだ。核戦力も含めた総合的な軍事力は中国やロシアを依然圧倒しているし、ITはじめ経済における技術革新力も世界一だ。学術分野もそうだ。人口も中国やロシア、日欧に比べれば着実に増えているから人口ボーナスによる経済成長が期待できる。

 国民の厭戦感を背景に政治指導者は「内向き」を選択せざるを得ないが、世界の覇権を失うとなると、一挙に攻勢をかけて潰そうとするはずだ。今の対中国政策がそれであろう。「米国の衰退は不可逆的である」という見立てに首肯する前にその点を留意しなければならない。抑制主義者は米国の衰退を容認しているように見えるが、本当に中国に追い越される事態が近づけば、米国民は敗北を拒絶するだろう。世界の「多極化」でさえも受け入れない心理ではないか。

 イラク戦争以来の米国民の厭戦感にしても永続的に続くと見るのは早計である。米国は大きな戦争を戦った後はある程度の孤立主義に回帰するが、脅威認識の高まりとともに戦争の選択に転じてきた。この世界でも比類ない好戦性からして、抑制主義では米国の関与政策のすべては説明できないと認識すべきである。

ユーラシア・ダイナミズムと日本

渡邊啓貴 監修/公益財団法人 日本国際フォーラム 編

日本外交の新地平を切り拓くためには何が必要か。ウクライナ戦争、アメリカのアフガニスタン撤退、中国の一帯一路。影響圏拡大をめぐって大国がせめぎ合うユーラシア。劇的に変化する国際環境の中で日本が採るべき道とは。第一線で活躍する有識者が日本外交の課題を論じる。

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杉田弘毅(すぎた・ひろき)
1957年生まれ。共同通信社特別編集委員。同社テヘラン支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを経て現職。明治大学特任教授兼務、2021年度日本記者クラブ賞受賞。著書に『検証 非核の選択 核の現場を追う』(岩波書店、2005年)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書、2009年)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書、2017年)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書、2020年)、『国際報道を問いなおす──ウクライナ戦争とメディアの使命』(2022年、ちくま新書)など。
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