小山 堅×渡部恒雄 ウクライナ侵攻による世界規模のエネルギー危機。勝者、敗者は誰?

小山 堅(日本エネルギー経済研究所首席研究員)×渡部恒雄(笹川平和財団上席研究員)
渡部恒雄氏(左)、小山 堅氏(右)
 石油ショック以来の歴史的転換点を迎えている現在。ウクライナに侵攻したロシアの誤算、台頭する中国の弱点……国際石油・エネルギー情勢が専門の小山堅日本エネルギー経済研究所首席研究員と、国際安全保障が専門の渡部恒雄笹川平和財団上席研究員が語り合った。
(『中央公論』2022年11月号より抜粋)

50年ぶりの大転換点

小山 ウクライナ危機で化石燃料の価格が大幅に上がり、エネルギー不足に陥るのではという不安が広がっています。この状況は、1970年代の石油危機とよく似ています。発生原因に戦争が関わっていることも、それ以前からエネルギー価格が上がっていたことも、依存していたエネルギー供給源に問題が発生したことも、経済制裁でエネルギー市場が大混乱に陥ったことも同じです。

 その流れのなかで、消費国側の先進各国ではエネルギー安全保障を抜本的に強化しなければならないという議論が生まれた。これも共通しています。エネルギー問題に関しては、50年ぶりに大きな転換点を迎えていると言ってもいいかもしれません。


渡部 そうですね。エネルギー安全保障というと新しい概念のように思われがちですが、人間の記憶は短い(笑)。石油危機を経験した後、大平正芳内閣は総合安全保障戦略について議論しましたが、これにはエネルギー安全保障も食糧安全保障も含まれています。ただ当時、そこで軽視されていたのが軍事。むしろ軍事がタブーだったがゆえにエネルギーや食糧を重視した。今では軍事もタブーではなくなっています。やっと真の意味での総合安全保障の議論ができるようになりました。


小山 そもそも米国でエネルギー安全保障の研究が盛んになったのは、石油の純輸入国になった1960年代前後からです。結局、輸入に依存していること、しかも特定の供給源に依存し、場合によっては途絶えるおそれがあることがネックなのです。その点、日本は昔も今もこの問題から逃れられていません。その前提でエネルギーや経済の安全保障を考える必要があるわけです。今回のウクライナ危機でも、問題点は重なっています。ロシアからの化石燃料供給が途絶えるとしたら、解決策はできるだけ燃料消費を減らすことと、ロシア以外からの輸入を増やすことが基本になります。

 ただし違う点もあります。50年前、石油輸入国の多くは先進国でした。しかし今、世界のエネルギー消費に占める先進国の割合は半分以下です。一方で影響力が大きくなっているのが、中国やインドなど新興国。彼らの動向しだいで、世界のエネルギー市場はまったく変わってきます。だからG7でいくら議論しても、対処できることは少ないわけです。


渡部 まさに今、欧州はエネルギー価格の高騰で大混乱に陥っているわけですが、日本は欧州を笑えません。安全保障の専門家は、以前から、ロシアに頼ることを懸念していた。でもロシアがソ連だった冷戦時代から、エネルギー資源を安く安定的に供給してくれた実績があるから大丈夫だろうと油断していたのです。


小山 確かに欧州でも米国でも日本でも、ロシアは信頼できる供給者だという前提で議論される専門家の方が少なくありませんでした。ただ今回のことで、その前提が根底から揺さぶられたのは間違いないですね。

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