左右の「キャンセル・カルチャー」合戦で滅びる民主主義 保守活動家カーク暗殺で加速するアメリカ政治の「宗教化」

加藤喜之(立教大学教授)
写真:stock.adobe.com
「差別的」言動を集団で糾弾し、発言者の地位や仕事を奪うなどの社会的制裁を加える「キャンセル・カルチャー」。従来はもっぱら左派側が用いる戦法だったが、9月に起きた保守活動家の暗殺事件を機に、右派もこの武器を振るい出した――。近著『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書)が話題の思想史研究者、加藤喜之・立教大学教授が、事件の背景や米社会で分断が加速しつつある状況を論じる。
(『中央公論』2026年1月号より抜粋)

 2025年9月10日、ユタ州ユタ・ヴァレー大学で、31歳の保守政治活動家チャーリー・カークが射殺された。撃たれた瞬間を切り取った動画は、瞬く間に全米中に拡散した。首から噴き出す血と糸の切れた操り人形のように後ろへと倒れる彼の姿は、忘れたくても忘れられないイメージとなり、多くの米国民の脳裏に焼きついた。

 そのイメージを追うように、いくつかの重要な出来事が世間を賑わす。容疑者の政治的な立場をめぐる論争。哀悼の意を表するための連邦政府による半旗掲揚命令。J・D・ヴァンス副大統領による人気ポッドキャスト番組「チャーリー・カーク・ショウ」の司会代役。カークの妻エリカの演説。そして、トランプ大統領をはじめとした政府閣僚に加えて9万以上の人を集めた追悼式。

 カークの死から追悼式まではわずか11日間である。この短い期間に右派・左派の両方から湧き上がった憎悪や歓喜、さらに悲嘆からなる感情の渦は筆舌に尽くし難い。若者世代を牽引する気鋭の右派論客が暗殺されたことで、左派への復讐を誓う者。ジェンダーや性的マイノリティへの偏見を撒(ま)き散らす活動家の死を喜ぶ者。政治的な対立が苛烈な暴力さえ厭(いと)わない状況を生み出したことに打ちひしがれる者。反応はさまざまだが、すでに大きく変わりつつあった米国社会がさらに変化してしまったことだけは、人々の共通認識として浮かび上がっていたように思われる。

 だが、米国社会とは大きく異なる文脈を持つ日本の私たちにとって、カークの死が合衆国にもたらしつつある変化を正確に理解するのは容易ではない。カークが熱心な福音派の信者であり、その信仰が彼の活動の原動力だったことも、宗教に関するリテラシーがすこぶる低い私たちの理解を難しくしている。そこで本論では、カークの活動を2010年代後半以降の米国における宗教・政治的な対立の中に位置付けつつ、彼の死が今日の米国政治でどのような意味を持つのかを考えていきたい。

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