女性はケアする性ではない。「妻より自分が先に逝く」と思い込む男性の悲劇 上野千鶴子
「家族が介護する」時代は終わった
かつて、高齢者の介護をするのは「嫁」の仕事でした。仕事といっても、当然タダ働きです。嫁の介護は「感謝なき介護、評価なき介護、対価なき介護」でした。介護とは「女なら誰でもできる非熟練労働」だと思われており、今日に至ってもそう思っている人たちは少なくありません。当たり前ですが、女なら誰でもできるわけではないし、女がやらなければならない正当な理由なんてない。女性は「ケアする性」だとして、役割を押しつけられてきただけです。
ただ現在、親と子・孫の二世帯が一緒に住む三世代同居率は、先の通り1割を切っています。この三世代同居のデータを経済階層別で見ると、富裕層と貧困層で同居率が低く、中間層に同居率が高い傾向があります。二世帯を維持するのはコストがかかりますが、カネのある富裕層はその余裕から進んで別居する「選択的別居」、貧困層は子が親の面倒を見きれない「姥捨て別居」。そして中間層ははんぱな余裕があるばかりに「しぶしぶ同居」を選んでいることがわかります。
三世代同居率はずっと低下傾向にあり、世帯分離を可能にしたのは年金制度です。年金という世代間仕送り制度のおかげで年寄りが自力で生活できるようになりました。そして、それをさらに決定づけたのは2000年から始まった介護保険制度。それ以前から世帯分離より先に家計分離が始まっていました。だから見かけは三世代同居の家でも、一家に財布が一つなんてことはありません。そして、年寄りの介護費用は年寄りの年金の範囲で行う、という受益者負担が定着しました。ホントは親世帯も子世帯も、どちらも同居したくなかったのです。高齢者が自ら財布を持ち、選択肢があれば、ほとんどの人が世帯分離を選ぶことが改めてわかります。
家族の定義のひとつに「家計を共有する者の集団」があります。しかし今の時代、共稼ぎなら夫婦だって財布は別でしょうし、親世代と子世代でも家計の共有など行われていません。ところが介護保険制度の開始時に、政治家の亀井静香氏がこの制度に反対して「子が親を看る美風を壊す」と言いました。いやいや、何をおっしゃいますか。もしそうなら、まっ先に年金制度に反対すべきでしょう。1961年に年金制度ができる前には、息子は親を自分の家に引き取ったり、仕送りしたりして経済的に支えなければならなかったのですから。
そして、この家計分離を裏付ける調査もあります。要介護度認定の利用料上限まで介護保険サービスを使っていない人が多いことがわかっています。親の負担能力の範囲でしかサービスを購入しない傾向があり、子どもは自分の懐からは出ししぶります。
構成:朝井麻由美
1948年富山県生まれ。京都大学大学院博士課程修了。博士(社会学)。95年より東京大学大学院人文社会系研究科教授。2011年に東京大学を退職後、NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長を務める。『家父長制と資本制』『ケアの社会学』『おひとりさまの老後』など著書多数。