尾久守侑×中元日芽香 「推す」心理、「推される」心理の向こう側

尾久守侑(精神科医・詩人)×中元日芽香(心理カウンセラー・元乃木坂46)
中元日芽香氏(左)×尾久守侑氏(右) 撮影:大河内 禎
 元乃木坂46メンバーで現在は心理カウンセラーの中元日芽香さんと、精神科医で詩人の尾久守侑さんの異色対談。中元さんが心理カウンセラーになったきっかけやアイドル時代のこと、お二人ともご自分が当てはまるという「偽者」という存在について語り合いました。
(『中央公論』2023年5月号より抜粋)

しんどさを抱える「偽者」たち

中元 私は現在、心理カウンセラーとして「乃木坂46」のメンバーだった経験を活かし、メンタルヘルスの知識を発信する活動をしています。尾久先生の著書『偽者論』を興味深く拝読させていただきました。心に複雑さを抱え、本来の自分ではない何かとして生活しているけれど、社会にはなんとなく適応している。そんな人が、本にある「偽者」の特徴を読むと、「こういうことだったんだ」と腑に落ちる気がします。私もそのひとりです。


尾久 「偽者」というのは、「普通に見えるけど、自分を偽者と思っている人」のことなんです。私は、普段は精神科医として病院に勤務していますが、病院の外で私が会う人たちのなかには、受診するほどではないけれど、「生活していて、ちょっとしんどいですよね」という人がたくさんいて、私と共通する特徴を持っている人も少なくない。特徴とは、「周りの空気を読みすぎる」「人と話しているときに相手の調子に合わせすぎる」「人と親密になるのがあまり得意でない、表面的なやり取りはできるけれど本当に仲良くはなれない」といったことですね。そういう人たちの特徴を分析して、小説のようなエッセイのような形で書いたのが『偽者論』です。


中元 拝読した後、自著(『ありがとう、わたし──乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』)を読み返してみたら、ところどころ「偽者の自分」が書いていると思う部分があり、不思議な感覚になりました。


尾久 「偽者の自分」とは、ありのままの自分をさらけ出しているようでいて、実は素じゃない感覚ですよね。私も中元さんの本を拝読して、自分と似ているところが多いなと感じました。周りの空気をすごく読むところとか、いろいろなタイプの猫をかぶって行動するところとか。

 私は以前、「AKB48」グループの「SKE48」のオタクだったんです。その目線からお伺いしますが、中元さんがアイドルから心理カウンセラーに転身されたきっかけは何ですか? 


中元 まず、アイドルはいつまでもできる職業ではないと10代のころから思っていました。お芝居やバラエティの道に進む人もいますが、私はアイドルを辞めるときに引退しようと考えていました。

 心理カウンセラーを志したのは、アイドル時代、実際にお世話になった経験からです。そのとき素敵なお仕事だなって「ビビッ」ときました。最初はひとりでひっそりやっていくつもりだったのですが、「芸能活動をしてきたあなただからこそ発信できることもあるし、救われる人もいるのでは?」と助言をいただき、芸能事務所に所属しつつ心理カウンセラーとして活動することにしました。


尾久 カウンセリングはオンラインでやっているんですね。


中元 コロナ禍より前の2018年からオンラインです。対面形式だと受付の人を雇ったり部屋を借りたり、費用面で現実的ではなかったことが理由です。始める前は、対面に比べてクライエントさん(カウンセリングを受ける人)から受け取る情報量が劣るのではという心配もありましたが、実際は杞憂に終わりました。身体的な事情で外に出られない方、遠方の方、仕事の合間に車の中で受ける方など、オンラインのほうが利用しやすいという声も多いです。


尾久 中元さんのような方がカウンセリングをしていると、悩みがないのに「ひめたん(中元さんの愛称)に会いたい!」って、予約をする人もいるのでは?


中元 最初のころは確かにいらっしゃいました。でも、悩んでいない方とは、話が続かないんです。悩んでいる方は次々に言葉が出てきてやり取りできるけれど、悩みがない方とは話が途切れてちょっと困った感じになります。


尾久 なるほど。確かに、アイドルの握手会と比べると、カウンセリング60分は長い。私の経験だと、握手券1枚で、目当てのメンバーと話せるのが10秒くらい。たくさんおしゃべりしたいからCDを5枚買って「50秒話せる」と思って握手会に行くと、意外と話すことがないんですよね。自分だけ一方的にしゃべってまだ20秒ぐらい残っている(笑)。それが永遠に続く感じなのかな......。合点がいきました。

 ただ、本当に悩みがある人でも、中元さんがアイドルだったということは知っているわけですよね。その点でやりづらさはないですか?


中元 YouTubeでアイドル時代の動画を見てくださり、「キラキラした人だ」というイメージを持ってカウンセリングを受けられる方も多いです。そういう方は初回の冒頭に「緊張します、ドキドキします」とおっしゃいます。でも今の私はそういう雰囲気を醸し出していない。時間の経過でキラキラを失ったかもしれないし、私自身もアイドル時代のように「こんにちはっ!」みたいな対応はしないので(笑)。だんだん緊張がほぐれ、素直な心で話をしていただけるようになります。カウンセラーは本来自分のことを開示しないものですが、私は元アイドルであることが隠せない。だったらむしろ「カウンセリングを受けたいけれど、誰がいいか分からない」という方に、きっかけとして利用していただきたいという気持ちでいます。


尾久 中元さんのような有名な方の役割は重要かもしれませんね。カウンセリングなどの受診はハードルが高いと思われていますが、ハードルの下げ方をもっと議論する必要もあると思います。先ほど中元さんが、いわゆる「分析の隠れ身」(治療者が自己を出さず中立の立場を保つこと)のことを話されましたが、このSNSの時代、元アイドルじゃなくても、TwitterやInstagramでカウンセラーや医師についての情報が分かってしまう。そうした現実があるなかで、我々がクライエントさんや患者さんとどう接していくか、いわゆる「破れ身」(意図せず見えてしまう治療者の現実的な側面のこと)の問題も考えるべき課題だと思います。

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