井上理津子 独立系書店の店主に聞く「うちのこだわり」

井上理津子(ノンフィクションライター)
東京・荻窪の本屋「Title」
 全国の書店の数は減っているいっぽうで、個人経営のユニークな書店が元気だ。ノンフィクションライターの井上理津子さんが、そんな東京の独立系書店から「Title」「双子のライオン堂」「Readin' Writin' BOOK STORE」「パン屋の本屋」を訪問し、店主に、開店のいきさつや選書基準などをじっくり聞いた。Webでは、「Title」と「双子のライオン堂」の部分をご紹介する。
(『中央公論』2023年11月号より抜粋)
目次
  1. 個性的な店づくり
  2. 読書会を主宰

個性的な店づくり

「独立系書店」という言葉をよく聞くようになった。大資本の傘下ではなく、文字通り独立した経営の書店のことだが、「なんでもあります」といった従来的な品揃えの「町の本屋さん」とは異なり、個性的な店づくりを行う書店を指す。実は近年増加傾向にある。

 嚆矢となった一軒が、「Title」(東京都杉並区)だ。2016年1月のオープン。JR中央線の荻窪駅から青梅街道を歩いて十数分の、便が良いとは言いづらい地にあるのに客足が絶えない。正面が銅板で装飾された「看板建築」に、店名のロゴが小さく入った青いひさし。築七十余年だそうだ。古い建物は身を置くだけでも癒やされそう――と期待しながらドアを開けると、実際、そこには「心地よさ」が広がっていた。

 黒柿色の柱や梁をアクセントに、本棚が壁に並んでいる。小ぶりのマガジンラックに並ぶ『暮しの手帖』『現代思想』『望星』、NHKテキストといった雑誌すら選び抜かれている。店の顔と言うべき正面の平台には、現代短歌を絡めた地元本らしき『荻窪メリーゴーランド』(木下龍也、鈴木晴香)と『沖縄の生活史』(石原昌家、岸政彦監修 沖縄タイムス社編)、韓国語の翻訳家のエッセイ『本の栞にぶら下がる』(斎藤真理子)と小出版社の社主が書いた『電車のなかで本を読む』(島田潤一郎)が隣り合っている。

 店内をぐるっと一巡する。我が愛読書が棚にささっているのを見つけると嬉しくなる。私と親和性の高い本屋さんだ。全体の雰囲気と相まって、そうした感覚を覚える人は多いと思う。POP(本の魅力を伝えるカード)がないことにも気づく。

 店主は辻山良雄さん(50歳)。大手書店チェーン「リブロ」に18年間勤め、池袋本店統括マネージャーを最後に退職し、先述のとおり16年にこの店「Title」を開業した。

「POPがないのはなぜ?」と、小さな質問から始めよう。

「丁寧に作られた本は、装幀も工夫されていますよね。POPに邪魔をさせず、きれいに見せることで表紙に本を語らせたいんです」

 人文書を中心に17坪に1万冊。選書の基準に据えているのは?

「ゆっくり流れる時間も提供し、お客さんが本来の自分に戻れる場所になりたいので」

 そう大枠を語ってから、辻山さんは続けた。

「例えば『前年比○%達成』を課せられて虚勢を張って仕事をしている人が来て、『弱い自分を見せてもいいんだ』と思えたり、『そういえば昔の自分はこういう分野が好きだったな』と思い出したりするような本とか......」

 累計販売数が多いベスト2が、『悲しみの秘義』(若松英輔)と『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(最果タヒ)だというのも納得だ。その2冊が「小さな出版社が丁寧に作った真面目な本」というのも偶然ではなさそうだ。

 さらにもう一つ。辻山さんの独特の本の提示の仕方、本屋としての「思い」を表現する棚の作り方をこう説明してくれた。

「〝ハイキングコース〟だけでなく〝本格登山〟も入れて、奥行きを出すんです」

 真っ先にお客の目に入る面陳(表紙を見せる陳列)に、その分野の「入り口」となる本を置く。それが〝ハイキングコース〟。それらを読み終えて、少し造詣を深めた人が、徐々に難度の高い本に手を伸ばす。〝登山〟だ。それを繰り返すうちに、〝本格登山〟をしたくなる。同じ棚の上方にいくにつれ、難度が高い本を置いているのだという。「あんなふうに」と辻山さんが社会学・思想・哲学系が混在した本棚の最上段を指す。

『苦海浄土全三部』(石牟礼道子)があった。水俣に生きた石牟礼道子の集大成とも言える大著。「年に3~4巻がコンスタントに売れ続けている」とは立派だ。店の最奥に奥さんが担当するカフェコーナー、2階にはギャラリーもある。

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